書評
『ラーゲリ註解事典』(恵雅堂出版)
事典の形をした記録文学
ジャック・ロッシはコミンテルンに勤務中の一九三七年に逮捕されて以来二四年間、ソ連の監獄とラーゲリ(強制収容所)を遍歴。自身の体験をベースに多数の文献を駆使してラーゲリ体制、いや全体主義体制の全体像と細部を描き切ったのが、『ラーゲリ註解事典』である。途轍もない恐怖と悲劇を伝えながら全編に漂う笑い。これこそが本書を一層面白くし、著者を生き延びさせた源泉のような気がする。たとえば、反革命的アネグドート(小咄)をしゃべった罪でぶち込まれた「アネグドートによる受刑者」について。
「こんなアネグドートを知っているか?」としゃれの好きな者が話し始めようとすると、それをさえぎっていう。「お前は白海運河は誰によってつくられたか知っているか?」「いや、知らん」「アネグドートをしゃべった奴らさ!」
「白海運河」について。白海とバルチック海を繋ぐ長さ二三〇キロの運河。一九三一年から一九三三年までのわずか二年間で約二八万もの囚人の強制労働で建設され、その間約一〇万人の囚人が落命した。運河はスターリンの決めた通り二〇カ月で完成。
「可能になったのは、オゲペウ(国家政治保安部)が計画できめられていたより著しく浅く掘らせたからに他ならない。そのため運河はほとんど役に立たなかった……ごまかしと爆薬がなかったら白海運河は出来なかっただろう、と言われるのはそのためだ」〔内村剛介監修〕
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