書評

『朝鮮大学校物語』(KADOKAWA)

  • 2018/06/18
朝鮮大学校物語 / ヤン・ヨンヒ
朝鮮大学校物語
  • 著者:ヤン・ヨンヒ
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2018-03-22
  • ISBN:4044000921
内容紹介:
もうひとつの〈北朝鮮〉を舞台に描く、恋と挫折、本当の自由をめぐる物語

80年代、青春の日々。在日コリアンの葛藤を描く

日本に生まれ育ったコリアン二世として、自身の存在を投入して作品を生み出してきた映画監督、ヤン ヨンヒ。ドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」(2005年)、「愛しきソナ」(2009年)では、日本と北朝鮮に分断された自身の家族の姿を描いた。劇映画「かぞくのくに」(2012年)で描いたのは、少年時代に渡った北朝鮮から一時渡航を赦(ゆる)された兄と家族との数日間。親子の絆、家族の相克、個人と国家。歴史の流れのなかで理不尽に翻弄(ほんろう)される人間の姿から目が離せないのは、観る者の深部に在日コリアンの真情が突き刺さるから。ヤン ヨンヒは、みずから語られなければ知ることのできなかった事実、理解したくても掴みきれなかったデリケートな感情を手渡し続けてきた。

このたび小説第一作として書かれた『朝鮮大学校物語』の舞台は、1980年代の東京、朝鮮大学校。主人公の18歳のミヨンが新しい世界でもがく姿を描く青春物語だ。そのようすには、当時おなじ朝鮮大学校に通った著者の姿もおおいに投影されているだろう。

青春時代の葛藤は、これまであまたの小説に描かれてきたけれど、朝鮮大学校を舞台に書かれたものは初めてだろう。全国の朝鮮高校から生徒が集まる朝鮮大学校は、在日コリアンの子弟の教育機関であると同時に、民族教育の指導幹部養成の場でもある。全寮制。日本語禁止。無断外出厳禁。放課後、夕方六時の門限。外出許可証。申告制の門限延長。日常生活の細部まで規則があり、女子は化粧、ズボン、ミニスカートも禁止されている……入学するなり、大阪の下町育ちで演劇好きのミヨンは息苦しさに喘(あえ)ぎ、塀の中に捕らわれた苛立ちを覚える。一日の終わりに待ち受けている総括、監視の色を帯びた教師や学生の視線。当時の朝鮮大学校の実情を具体的に知ることになるのだが、現実がもたらす固有の閉塞(へいそく)感と不安は、やはり著者でなければ描けない。

うぶな、しかし、それだけに本質を突くミヨンの言葉にはっとさせられる。

初めてつき合う異性、美大生の黒木裕の言葉「僕、ミヨンが在日だとか朝鮮人だとか、そういうこと気にしてないから」。ミヨンは、とっさに反応する。「私が在日だってこと、朝鮮人だってこと、気にしてほしいの!」。整理のつかないナマの感情は、しかし、日本で暮らしながら他文化を背負って生きる人々の内面を代弁するものだ。

あるいは、訪問団の一員として、北朝鮮で過酷な境遇に苦しむ姉に面会したときの、姉の言葉。

「朝鮮で生きるのもキツいけど、この国背負わされて日本で生きるのも大変やと思うわ」

朝鮮大学校という場所に反発を覚えながら、挫折もし切れず、批判や否定もできない。悶々(もんもん)としながら揺れる若いミヨンに、著者は自身と家族にまつわる苦悩を重ね合わせる。その葛藤が伝わってくるから、読者は、社会のなかに存在する無数の境界に思いいたることができるのだ。

理屈や主義、思想だけでは、人間は割り切れない。小説という形式をとりながら、ヤン ヨンヒその人が見つめてきたものが大切に描かれていることをとても好もしく思った。
朝鮮大学校物語 / ヤン・ヨンヒ
朝鮮大学校物語
  • 著者:ヤン・ヨンヒ
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2018-03-22
  • ISBN:4044000921
内容紹介:
もうひとつの〈北朝鮮〉を舞台に描く、恋と挫折、本当の自由をめぐる物語

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2018年5月20日号

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