書評

『ラテンアメリカ主義のレトリック』(エディマン)

  • 2020/08/02
ラテンアメリカ主義のレトリック / 柳原 孝敦
ラテンアメリカ主義のレトリック
  • 著者:柳原 孝敦
  • 出版社:エディマン
  • 装丁:単行本(309ページ)
  • 発売日:2007-09-01
  • ISBN-10:4880083704
  • ISBN-13:978-4880083704
内容紹介:
ラテンアメリカは「政治」において敗北し、「芸術」において勝利するか!?詩人、革命家、知識人らが夢想した夢幻のコミューンのイデオロギー。近代ナショナリズムを肥大化させたメディアと踊った「言説」の群れを追う。
ラテンアメリカ主義というタームを日本では加茂雄三のような歴史研究者が、確か1970年代頃に盛んに使い出したという記憶がある。加茂の場合、シモン・ボリーバルの統合思想をその先駆と見なし、根底に反米主義を孕むそれをボリーバル主義と呼んでいる。国際関係論や国際社会学の専門家を集めての研究会に首を突っ込んでいた頃、評者もラテンアメリカの統合運動について書くことを求められ、アプラやマリアテギを素材にしながら論文を書いたことがある。また、当時日本で刊行された、ヨーロッパの1920年代や1930年代の文化および思想について論じたいくつかの著作に刺激を受け、ラテンアメリカの作家たちの動向に共通する要素として認められる、地域ナショナリズムとしてのラテンアメリカ主義について考察したこともある。もちろんそこでも反米主義や精神主義は必須の要素として欠くことができない。本書を読みながら、絶えず既視感に襲われたのは、評者にそうした作業の経験があるからだろう。

本書の著者の柳原氏はプロローグで、カルペンティエールの描くニューヨークとホセ・マルティの描く同じ都市をだぶらせ、まずそこに反ニューヨークの言説を見出す。さらにそれを反合衆国、汎ラテンアメリカの言説へと拡大することにより、ラテンアメリカ主義の言説という概念を抽出する。そして主に文学的テキストを通じて、この言説が生成されるプロセスの叙述を試みる。したがって、そのスケールは大きく、脇道にも果敢に踏み込んでいく。たとえば同時代のヨーロッパを語った部分などがその脇道であり、このような迂回を含む大胆な構成は下手をすれば空中分解を招きかねないのだが、それでも最後まで読ませるのは、文献目録に見られる豊富な資料とぶれない見通しが本書を支えているからだろう。

しかし、逆に言えば、最初に見通しすなわち言説の存在という一見自明とも思える仮説があり、それを繰り返し語ることにならざるをえない。そのため、構造はガルシア=マルケスの『族長の秋』を思わせる螺旋状となり、読者は何度も振り出しに戻らされることにもなる。これをジーン・フランコの『ラテンアメリカ――文化と文学』と比べてみよう。フランコの著書の場合には、個別に書かれた章を繋ぎ合わせてはいるが、各章が時代の特徴を叙述していてそれを歴史という時間軸が貫く形になっている。そのため叙述は確実に進展する。一方、柳原氏の著書は、個々の章に時間軸が存在するものの、各章の間には可逆性がある。ドライブする力がそれほど感じられないのはそのためだ。しかし、これは著者が敢えて選択した戦略なのだろう。各章の終わりがいわば踊り場となっていて、読者は先を急ぐ前に、そこで休憩しつつ今読んだ内容を反芻できる。これはひとつのメリットである。また、そうでなければ消化不良になってしまう。過多と言えるほど情報が詰まっているからだ。

ところで、評者は冒頭で自らの体験について触れたが、当時自分が書こうとしたことと本書が目指すところには大きな違いがある。それは著者が言説分析など、思想の分野の方法を応用していることである。第5章として収められ本書の核を成すアルフォンソ・レイェス論を、かつて単独の論文として読んだことがあるが、そのときに感じたのは、新たな方法を持ち込んでスペイン語圏の文学を素材に論じる世代が現れたことに対する新鮮な驚きだった。著者は以後も一貫してその方法を使い続けてきた。それが本書に結実したわけで、成果として大いに評価できる。ただし、全体として見た場合、前身となる博士論文に訂正加筆したものであるとはいえ、各章の密度にばらつきがある。しかし、それは欠点というより、各章が個別に発展する可能性を孕んでいるということの証左でもある。著者の今後の仕事に期待したい。
ラテンアメリカ主義のレトリック / 柳原 孝敦
ラテンアメリカ主義のレトリック
  • 著者:柳原 孝敦
  • 出版社:エディマン
  • 装丁:単行本(309ページ)
  • 発売日:2007-09-01
  • ISBN-10:4880083704
  • ISBN-13:978-4880083704
内容紹介:
ラテンアメリカは「政治」において敗北し、「芸術」において勝利するか!?詩人、革命家、知識人らが夢想した夢幻のコミューンのイデオロギー。近代ナショナリズムを肥大化させたメディアと踊った「言説」の群れを追う。

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日本イスパニヤ学会会報

日本イスパニヤ学会会報 13号 2008年9月22日

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