解説

『南国に日は落ちて』(集英社)

  • 2023/07/28
南国に日は落ちて / マヌエル・プイグ
南国に日は落ちて
  • 著者:マヌエル・プイグ
  • 翻訳:野谷 文昭
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:1996-10-25
  • ISBN-10:4087732584
  • ISBN-13:978-4087732580
内容紹介:
名作「蜘蛛女のキス」のプイグの遺作。ブラジルで暮らす妹のもとへ、故郷アルゼンチンからやってきた姉。人生の黄昏を迎えた姉妹の会話と手紙を通してやさしく描かれる、愛と喪失、再生の物語。

語りと再生――『南国に日は落ちて』を訳して――

長篇『蜘蛛女のキス』『赤い唇』、今回の『南国に日は落ちて』に戯曲版の『蜘蛛女のキス』を加え、プイグの作品を四つ訳したことになる。戯曲はもとより小説でもさかんに会話を用いるのがこの作家の特徴であることは、読者諸氏もすでに御存知だろう。プイグの「会話」は実に生き生きとしていて、まるで実際に話されたことを再現しているような印象を受けることさえある。だが、いくらリアルであっても、作家プイグというフィルターを通った会話は、様々な取捨選択、変形、調整が施された上で活字となっている。たとえそこに言いよどみや言い間違い、ぎくしゃくした個所があっても、すべて計算されたものなのだ。

講演や座談会のテープを起してみると気づくように、人は必ずしも理路整然と喋るわけではない。そこには矛盾もあれば記憶違いもある。さらには年とともに失念がつきまとうようになる。ついでに言えば、故意の嘘もあるだろう。そこで活字にするときは、手を入れることになるわけだが、話の流れを生かし、自然な調子を保ちながら、原文に手を加えるという作業は、人によって差はあるだろうけれど、必ずしも容易ではない。

『報われた愛の血』という七作目の長篇について、それがブラジル人の左官工の語る話をテープに取ったのを再現したものだというようなことを、プイグがどこかで言っていた記憶があるが、そこには二つの問題がある。一つはプイグの興味を惹いたという、同一の自伝的内容が語られるたびに変化していくということで、「事実」そのものが、語り手の意志や欲望によって無限のヴァージョンを生む過程そのものを、プイグは記録しようとしたことになる。彼の小説の中で、登場人物はしばしば映画のストーリーを語るが、それが実際と違っているところに、読者は語り手の心理や無意識を読み取ることができる。そうした手法を使うプイグだから、作者として人工的に創作していたヴァージョンの変化が自分の目の前で生じているという事態に、きっと興奮したにちがいない。

もう一つの問題は、左官工がポルトガル語で喋ったということだ、その話を小説に使うには、スペイン語に翻訳する必要がある。内容は把握できたとしても、個々の語彙や言い回しまですべて理解できるとは限らない。そのあたりもテープに取った理由だろう。『南国に日は落ちて』には、当然ながらそうした体験が生かされている。主人公たちの会話や手紙を通じて、青年ロナルドやその妻ウイルマのことが語られるとき、そこには翻訳の問題がつきまとう。実はこのことは邦訳にも影響を及ぼした。ことに新聞の切り抜きの個所がそうで、固有名詞など、スペイン語化されたと思われるものを、再びポルトガル語に戻すという作業が必要になったのだ。

ところで、『南国に日は落ちて』の主人公ルシとニディアは八十歳を越えた老姉妹で、二人の会話と書かれた会話とも言うべき手紙がテクストの大部を占めている。主人公が老姉妹というと、ベティ・デイヴィスとリリアン・ギッシュが出演した「八月の鯨」という映画を思い出す読者もおられるだろう。あの映画が日本でヒットした理由のひとつは、ちょっと我がままな姉と気立ての優しい妹の生活が、静かな調子で描かれていたことにあるようだ。「東京物語」のように老人が言葉少なに淡々と語る小津映画を生む風土に、あの映画はマッチしていた。

だが、プイグの描く老姉妹は実に饒舌で、枯淡の境地からはほど遠いところにいる。親や夫や娘を失った彼女たちの哀しみは深い。しかし、その哀しみは沈黙ではなく、直接的にであれ間接的にであれすべて言葉によって表現される。その言葉の量たるや、ほとんどバロック的と言え、沈黙を恐れるかのように彼女たちは喋り続ける。その饒舌ぶりは、『蜘蝶女のキス』のモリーナのそれを思い出させる。ただし、モリーナの言葉には相手を絡め取る粘着性があったのに対し、姉妹の言葉にそれはない。

老姉妹のキャラクターには、どうやら作者の母親マリアエレーナや叔母たちの要素が反映しているようだ。一九九〇年に来日したプイグは母親マリアエレーナを伴っていたが、彼女はどことなくルシと重なる。といっても実際には様々な人物の要素が合成されているのだろう。女性の形を借りてはいるが、そこには作者自身の好みや考え方も現れている。いくつかの場面などは彼と母親の会話という印象さえ受ける。東京で出遭った二人の会話がまるで姉妹のそれのようであったのを思い出す。たとえばニディアがロナルドの魅力を語るとき、それはプイグ自身の声と重なってくる。そこには彼の同性愛的感情が溶かし込まれているようだ。それはともかく、プイグほど女性の心理や感情の襞(ひだ)を鋭く捉え、鮮やかに表現する作家は数少ない。一般に優れた作家は両性具有的であるが、彼の場合は倒錯した両性具有と言えるかもしれない。

『南国に日は落ちて』では、映画のストーリーも語られるが、中心となるのは、ロマンス小説のパロディーとしてのシルビアの物語だ。それはまさにメロドラマなのだが、彼女たちが語ることで次第に生命を吹き込まれ、やがてその登場人物だったシルビアが、現実の人物として現れる。語られる存在から語る存在への変化。ルシの死後、ニディアは積極的に行動することで再生していくが、それを促すのはシルビアだ。彼女自身、二人に語ることで癒え、再生する。どうやら彼女たちにとって語ることは、再生するための方法らしい。
南国に日は落ちて / マヌエル・プイグ
南国に日は落ちて
  • 著者:マヌエル・プイグ
  • 翻訳:野谷 文昭
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:1996-10-25
  • ISBN-10:4087732584
  • ISBN-13:978-4087732580
内容紹介:
名作「蜘蛛女のキス」のプイグの遺作。ブラジルで暮らす妹のもとへ、故郷アルゼンチンからやってきた姉。人生の黄昏を迎えた姉妹の会話と手紙を通してやさしく描かれる、愛と喪失、再生の物語。

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初出メディア

青春と読書

青春と読書 1996年11月号

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