書評

『男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望―』(名古屋大学出版会)

  • 2020/03/16
男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望― / イヴ・K・セジウィック
男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望―
  • 著者:イヴ・K・セジウィック
  • 翻訳:上原 早苗,亀澤 美由紀
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(394ページ)
  • 発売日:2001-02-20
  • ISBN-10:4815804001
  • ISBN-13:978-4815804008
内容紹介:
ホモソーシャルな文学。シェイクスピアからディケンズにいたる代表的テクストを読み解くことによって、近代における欲望のホモソーシャル/ヘテロセクシュアルな体制と、その背後に潜む「女性嫌悪」「同性愛恐怖」を掴み出し、ジェンダー研究に新生面を拓いた画期的著作。

友情が同性愛とは区別できない可能性に迫る

数年前、私の所属する大学の大学院入試で、「ホモソーシャル」についての用語解説を問題に出したことがある(ちなみに、当然のことながら、設問はスタッフ全員による合議で決定するので、特定のスタッフの趣味とか独断が反映されることはない)。用語解説は選択式、つまり受験生が自分で解答する問題を選べばよかった。蓋をあけてみると、もっとも多くの受験生が選んだ設問は「モダニズム」。「ホモソーシャル」を選んだ受験生は誰もいなかった。「モダニズム」というのは、超難問である。誰も短時間のうちに、少ない語数でモダニズムについて包括的な答えをあたえることなどできない。しかしまた、モダニズムについて、いまでは失効している紋切り型の文学史的記述が定着しているのも事実で、難問どころか、頻出予想問題だったのかもしれない。

いっぽう「ホモソーシャル」というのは、お助け問題のはずだった。男どうしの友情(あるいは女どうしの友情)、その友情と恋愛・結婚との葛藤などのテーマは、誰もがその具体例となる作品をすぐにもいくつか思いつくし、よけいなことを語らず、その作品についてだけ語っても、そのまま、ホモソーシャル論になる。しかも英米圏で、この用語が批評用語として定着してから十年以上たっている。

今回出版されたイヴ・K・セジウィック著『男同士の絆』は、シェイクスピアからディケンズにいたる英文学史上の古典を題材にした緻密な議論を展開しながら、「ホモソーシャル」概念を、わたしたちにとって使用可能にしてくれるまさに待望の翻訳である。それは「ホモソーシャル」の意味と、その驚くべき適用可能性をいかんなく示してくれる。それについて知っていていいのは、なにも英文科の大学院生に限らない。

ただし、急いで付け加えないといけないのは、本書の邦訳題からの連想とは異なり、「ホモソーシャル」というのはただの友情論とは違うということである。

「ホモソーシャル」は同性間の人間関係のことをいい、本書ではとくに男性間の連帯と絆に集中し、なおかつ類似の用語「ホモセクシュアル」(同性愛)とも異なり、女性のパートナーのいる異性愛者の男性間の絆をさす。そこまでなら男性間の友情と言い換えてもいい。

しかしフェミニズム系から出発しているセジウィックの慧眼は、女性をパートナーとする男性のホモソーシャル関係が、実は男性間の絆を引き裂きかねない女性を嫌悪し排除して成立し、政治的欲望に貫かれていることを指摘する(だからこそホモソーシャル関係に男性のそれが選ばれた)。本書は男性優位体制批判の本でもある。

と同時に濃密な男性間の友情関係は時として男性同性愛関係と混同されかねない。そこで男性同性愛者は、この男性ホモソーシャル・クラブからは排除される。「ホモソーシャル連続体」(著者の用語)は、かくして女性嫌悪(ミソジニー)と男性同性愛者嫌悪(ホモフォビア)によって支えられることになる。女性のパートナーをもつ異性愛の男性たちは、女性を恐れ、女性交換によって男性秩序を維持しているのであり、しかもそれは、同性愛嫌悪と連動しているのである。

この洞察は、男性中心社会の異性愛体制のからくりを暴き、また女性差別批判(フェミニズム)と同性愛差別批判(ゲイ批評)の合体として、あらたな批評(クィア批評)を用意した点で、画期的であった。とはいえ、これだけなら政治的欲望を加味した友情論である。

本書の衝撃は、副題にいう「ホモソーシャルな欲望」にある。つまり「ホモセクシュアル」(男性同性愛)とは一線を画す、非エロスの体制であるはずの「ホモソーシャル」関係のなかに、著者は「欲望」をみる。友情が同性愛と区別できない可能性をみるのである。

エロスとしての同性間の友情。これについては、同性愛者ではない男女でも容認するだろう(事実、著者のセジウィックは異性愛者である)。また一方で、友情の純粋さや精神性を汚すものとして、エロス+友情関係に「パニくってしまう」老若男女も多い。著者のいう「ホモセクシュアル・パニック」は、自己の同性愛的要素を認知した衝撃から、同性愛差別と抑圧が生まれる過程を見事に記述している。

セジウィックの本としてはすでに『クローゼットの認識論』(青土社)が翻訳されているので、本書の続編として読まれることをお勧めするが、いまや古典と化した本書には、同性愛とモダニズムを考察した続編にはない考察も多い。このことに、今回、読んでみて気づいた。続編では選ばれなかった道を、本書でたどることで、ホモソーシャルの新局面にいたることも不可能ではない。

英国の文学史を語りながら、西洋の文化史や社会史へと展開し、認識基盤のパラダイム転換を迫る本書の魅力、それも日本や東洋の文化にも適用可能な本書の議論の魅力を、ここで詳細に紹介する余裕はないが、わたしたちには遅れてやってきた本書とその「ホモソーシャル」概念こそ、今世紀に威力を発揮する重要なツールであるということは確実に言えるだろう。

[書き手]大橋洋一(東京大学名誉教授。1953年生まれ。専門は英文学。訳書に『ゲイ短編小説集』(平凡社ライブラリー)など。)
男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望― / イヴ・K・セジウィック
男同士の絆―イギリス文学とホモソーシャルな欲望―
  • 著者:イヴ・K・セジウィック
  • 翻訳:上原 早苗,亀澤 美由紀
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(394ページ)
  • 発売日:2001-02-20
  • ISBN-10:4815804001
  • ISBN-13:978-4815804008
内容紹介:
ホモソーシャルな文学。シェイクスピアからディケンズにいたる代表的テクストを読み解くことによって、近代における欲望のホモソーシャル/ヘテロセクシュアルな体制と、その背後に潜む「女性嫌悪」「同性愛恐怖」を掴み出し、ジェンダー研究に新生面を拓いた画期的著作。

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