書評

『年を歴た鰐の話』(文藝春秋)

  • 2018/06/22
年を歴た鰐の話 / レオポール・ショヴォ
年を歴た鰐の話
  • 著者:レオポール・ショヴォ
  • 翻訳:山本夏彦
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:2003-09-12
  • ISBN:4163221905
内容紹介:
名コラムニスト山本夏彦の若き日の翻訳を一周忌を前に再刊。表題作のほか、「のこぎり鮫とトンカチざめ」「なめくぢ犬と天文学者」の全3作品を収める。桜井書店から刊行された昭和22年版を底本とする。
表紙に「幻の名訳、遂に復刻」というキャッチフレーズがあるけれど、それは決して大げさではない。

名編集者にして名コラムニストだった山本夏彦さんがまだ二〇代だった昭和十六年、原作に惚れ込んで初めて翻訳出版し、評判を呼んだものの、戦争をはさんで昭和二十二年に重版されたのが最後になって、長い間古書店でも入手しにくい「幻の本」になっていた。それが、死の翌年(二〇〇三年)、ようやく文藝春秋版として復刻されたのだ。

学生時代に昭和二十二年版を読んだ作家・吉行淳之介は、この本があまりにもナンセンスな面白味にあふれているので驚き、何人もの友人に読ませたという。それから数十年後、NHK会長が週刊誌の「告知板」で、この本を探しているという記事を読んだという。

そんな思い出をつづりながら、吉行淳之介はこう書いている。「(NHK会長は)昔愛読したのだが失くしてしまったので再入手したい、という趣旨だったようだ。つまりは懐かしい本なので、その気分はわかる。一度読むと、いつまでも懐かしい気分がつづく小品なのである」。

ほんとうにそうだ。この本には表題作の「年を歴た鰐の話」の他に「のこぎり鮫とトンカチざめ」「なめくぢ犬と天文學者」が収録されているのだけれど、三編ともほんとうに「いつまでも懐かしい気分がつづく小品」なのだ。子どもの頃に見た、雲ひとつない、こわいほどの青空を思い出すような気持。

「年を歴た鰐の話」の主人公は何百年、いや何千年か前に生まれた鰐で、近頃さすがに老いを感じ始めている。それが、ある暴挙に出たために親族会議で糾弾されることになり、郷里にすっかり居づらくなってナイル河をくだり、海へと出奔することになる。そして初めて見るへんな生きもの(蛸)と親しくなるのだが、ここでまた鰐は思いがけない行動に出る……という話。

残酷と言えば残酷なところもたっぷりあるのだけれど、妙に明るく、すっとぼけている。何の教訓も寓意もなく、純粋なおかしみと悲しみだけがある。訳文も美しく、よくこなれている。古風だけれど古めかしくない。

絵がまたすばらしい。硬いペンで描かれた、一見「ヘタウマ」風。白と黒のバランスが絶妙だ。山本夏彦さん自身、この本のことを「通人の洒落本」と評しているのも、もっともだと思う。

「鰐」や「鮫」に較べると「なめくぢ犬と天文學者」はスイートで、子どもにも楽しめそう。なめくぢという名のチビ犬とチョコレートという名のムク犬が連れ立って街を行く後ろ姿の絵、かわいい!

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN:4480426906
内容紹介:
世の中どう変わろうと、読み継がれていって欲しい本を熱く紹介。ここ20年間に書いた書評から選んだ「ベスト・オブ・中野書評」。文庫オリジナルの偏愛中野文学館。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

年を歴た鰐の話 / レオポール・ショヴォ
年を歴た鰐の話
  • 著者:レオポール・ショヴォ
  • 翻訳:山本夏彦
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:2003-09-12
  • ISBN:4163221905
内容紹介:
名コラムニスト山本夏彦の若き日の翻訳を一周忌を前に再刊。表題作のほか、「のこぎり鮫とトンカチざめ」「なめくぢ犬と天文学者」の全3作品を収める。桜井書店から刊行された昭和22年版を底本とする。

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初出メディア

家庭画報

家庭画報 2007年8月号

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