書評

『聖なる怠け者の冒険』(朝日新聞出版)

  • 2018/08/15
聖なる怠け者の冒険 / 森見登美彦
聖なる怠け者の冒険
  • 著者:森見登美彦
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(367ページ)
  • 発売日:2016-09-07
  • ISBN-10:4022648228
  • ISBN-13:978-4022648228
内容紹介:
【文学/日本文学小説】社会人2年目の小和田君は仕事が終われば独身寮での夜更かしを楽しみとする地味な生活。ある日、狸のお面をかぶった「ぽんぽこ仮面」との出会いから、めくるめく冒険の一日が幕を開ける。第2回京都本大賞受賞作!

主人公が眠ってばかりで 何か悪い? 全てがあべこべ、夢と現実を行き来する冒険小説

小和田君は京都郊外にある某化学企業の研究所に勤める若者である。自らが過ごす時間が穏やかで安らぎに満ちたものであることを心から望む彼は、「怠けるためならばなんでもする」との決意を抱いている。

だが、その彼の信念を脅かそうとする者たちがいた。筆頭はぽんぽこ仮面、古い旧制高校のマントに狸の面という怪しい姿で出没し、誰彼かまわず困った人を助けるという善行で町を騒がせている謎の人物だ。なぜか怪人は彼に二代目ぽんぽこ仮面になれと執拗に迫ってくる。だが小和田君は、休日の安寧を守り抜くため断固としてそれを拒否するのである。

『聖なる怠け者の冒険』は、今年で作家業十周年を迎える森見登美彦が、三年ぶりに発表する長篇小説だ。朝日新聞に連載された作品であるが、単行本化にあたり全面改稿が施された。物語を彩る出来事はすべて宵山の日に起きる。京都の街がそれ一色に染まる祇園祭のクライマックスだ。『夜は短し歩けよ乙女』のような特別な一夜の物語であり、『有頂天家族』などの森見の既存作品にも本書は接点を持っている。

キーワードは「あべこべ」だ。「主人公だから頑張らなければいけないなんて、いったい誰が決めた?」と作者は居直る。怪人なのに「いいひと」のぽんぽこ仮面が主人公に代わって物語の推進役を務め、彼を狙う黒幕は、巨大組織の首魁のはずなのになぜか小心者だ。さらに事件の鍵を握るのは本来ならば背景に消えるべき存在である脇役の某人物だし、主役の小和田君はただ惰眠を貪るのみである。胡蝶の夢の如く渾然とした現実と虚構の間(あわい)で、彼は幸せにまどろみ続ける。

「きれいはきたない、きたないはきれい」と唱える『マクベス』の三魔女の呪文にも似て世界は一筋縄ではいかず、随所で意味や価値の反転が起きている。描かれているものはすべて現実界の出来事であるはずなのに、黒白の入れ替わりがあまりに激しいためか、物語は初めからこの世ならぬものの気配を漂わせているのだ。

時計の針が進むにつれて、裏切りとどんでん返しの連続運動は激しさを増していく。それが最高潮に達したときにはすべてがいったん無に返り、新たな意味を付与されて再生しなおすという聖なる瞬間が訪れる。その興奮を描く小説でもある。多幸感に包まれながら本のページを閉じた。
聖なる怠け者の冒険 / 森見登美彦
聖なる怠け者の冒険
  • 著者:森見登美彦
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(367ページ)
  • 発売日:2016-09-07
  • ISBN-10:4022648228
  • ISBN-13:978-4022648228
内容紹介:
【文学/日本文学小説】社会人2年目の小和田君は仕事が終われば独身寮での夜更かしを楽しみとする地味な生活。ある日、狸のお面をかぶった「ぽんぽこ仮面」との出会いから、めくるめく冒険の一日が幕を開ける。第2回京都本大賞受賞作!

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初出メディア

週刊現代

週刊現代 2013年6月29日号

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