書評

『きつねのはなし』(新潮社)

  • 2017/08/06
きつねのはなし  / 森見 登美彦
きつねのはなし
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(323ページ)
  • 発売日:2009-06-27
  • ISBN:4101290520
内容紹介:
「知り合いから妙なケモノをもらってね」篭の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという"家宝"を持った女が現われて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は?底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

ひそやかな声で語られる怪談集に感服つかまつり候!

モリミーの文才は本物だ!

いや、皆さん、第十五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『太陽の塔』(新潮文庫)は、もちろんお読みになっておられますわね。わね、わね、わねっ? じゃあ、あの主観と客観のズレがもたらす笑いや、韜晦と諧謔に満ちた個性的な語り口を覚えておいでですわね。わね、わね、わねっ? ところが、皆さん、京都という舞台は同じでも、短篇集『きつねのはなし』はそのデビュー作とはまるで異なるスタイルをとって書かれてるんですの。

古道具屋・芳蓮堂でバイトをはじめた〈私〉が、店のお得意様である薄気味悪い五十代の男・天城さんから奇妙な交換を持ちかけられ、異様な体験をすることになる表題作。シルクロードを旅したこともある経験豊富で博識な先輩に憧れる〈私〉が、ふとした小さな綻びから先輩の本当の姿を知ることになる顛末を描いた「果実の中の龍」。京の町に現れた通り魔の正体を暴こうとする剣道道場の少年少女の活躍を描く「魔」。祖父が亡くなった通夜の晩に古い屋敷で怪現象が起こり、やがて一族の不思議な来歴が語られる「水神」。四篇の怪異譚が収められたこの短篇集に、『太陽の塔』でのあの韜晦癖のあるモリミーは見当たりません。いつも薄暗闇の中におり、夜も行燈しかともさない、表題作に登場する天城さんではないけれど、陰影礼賛的なしっとりとひそやかな声で語られるこの怪談集は、作家・森見登美彦の資質の奥深さを物語っておりますの。古都の日常の裂け目から、ぬるっと現れてくるあやかしの者どもの気配を伝えて上等。うつし世に生きるわたしたちと、しかし、そうしたあやかしの者どもにどんな違いがあるのか、とでも言いたいかのように淡々と綴られる物語が上品。今・此処にある世界の輪郭をゆらりとさせる語り口が上々。トヨザキ感服つかまつり候の巻なんであります。

とりわけ素晴らしいのが表題作。古道具屋の若き女主人・ナツメさんときつねの面の因縁。その面をあるものとの交換で天城さんに渡した〈私〉が得ることになる怖ろしい因縁。ナツメさんは何を天城さんに差し出し、何を交換で得たのかという謎。すべてを薄暗闇の中でぼんやりと明かしていくという語りのテクニックが、心憎いばかりに決まっている傑作なのです。朱川湊人が昭和の香り漂う怪談集『花まんま』で直木賞を獲れたんなら、モリミーにもさしあげてっ。この短篇集のほうが出来映えは明らかに上でしてよ。候補にすら挙がらなかったら、紀尾井町方面で吠えたり暴れたりしてみとうございますの。

[後記=……候補にもなりませんでした。なんで?]

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN:4054038727
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

きつねのはなし  / 森見 登美彦
きつねのはなし
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(323ページ)
  • 発売日:2009-06-27
  • ISBN:4101290520
内容紹介:
「知り合いから妙なケモノをもらってね」篭の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという"家宝"を持った女が現われて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は?底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2006年12月9日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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