書評

『有頂天家族』(幻冬舎)

  • 2017/07/11
有頂天家族 / 森見 登美彦
有頂天家族
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:単行本(357ページ)
  • 発売日:2007-09-25
  • ISBN-10:4344013840
  • ISBN-13:978-4344013841
内容紹介:
糺ノ森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去ってしまった。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎… もっと読む
糺ノ森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去ってしまった。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎は蛙になって井戸暮らし。三男・矢三郎は面白主義がいきすぎて周囲を困らせ、末弟・矢四郎は化けてもつい尻尾を出す未熟者。この四兄弟が一族の誇りを取り戻すべく、ある時は「腐れ大学生」ある時は「虎」に化けて京都の街を駆け回るも、そこにはいつも邪魔者が!かねてより犬猿の仲の狸、宿敵・夷川家の阿呆兄弟・金閣&銀閣、人間に恋をして能力を奪われ落ちぶれた天狗・赤玉先生、天狗を袖にし空を自在に飛び回る美女・弁天-。狸と天狗と人間が入り乱れて巻き起こす三つ巴の化かし合いが今日も始まった。

洛中にあやしいキャラがぞろぞろと

桓武天皇の御代、万葉の地をあとにして入来たる人々の造りあげたのが京都である――と、これはあくまで人間の見た歴史だ。狸(たぬき)に言わせれば、平家物語に出てきた武士、貴族、僧侶のうち、三分の一は狸だし、天狗(てんぐ)に言わせれば、王城の地を覆う天界は、古来、彼らの縄張りであった……?!

人を食った出だしの小説である。京都にはいまも、人間と狸と天狗が「三つ巴(どもえ)」で暮らしているというのだ。

本書は、あのジェントルでいけずで奇っ怪な「京風ホラ話」にして、時代を超えたラブコメディーの傑作『夜は短し歩けよ乙女』で人気沸騰中の著者による新作長編だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2007年)。今度もまた、氏がテリトリーとする京都の街を舞台に、作者十八番の「偽電気ブラン」や「腐れ大学生」が登場し、あやしいキャラクターがぞろぞろ。なにしろ語り手は、存命中は洛中に名をとどろかせた大狸の「阿呆(あほう)な」三男坊。準主役に、その敵対家と天狗先生たち、マドンナに、天狗顔負けの術を習得した「半人半天狗」の美女という具合だ。

狸鍋となって死んだ父、宝塚歌劇団狂いの母、四人揃(そろ)ってさえない息子たちの家族愛あり、報われぬ老いらくの恋あり、化かし合いあり。森見風ボキャブラリーを駆使した古風で斬新な文体には、くすぐる小ネタも満載で、どんどん読ませる。

『夜は短し……』では現実世界と魔界のあわいが絶妙に書かれていたが、本作は実在の街(と思われるもの)を舞台にしながら完全に異世界ファンタジーである。人間界を舞台にしながら人間との相違・対比があまりない。そこがわたしにはちょっと勿体(もったい)ない気がした。狸、天狗にしか持ちえぬ視点や世界観、言ってみれば「異類のもたらすセンス・オブ・ワンダー」をもっと体験したかった。作者の前作群においてたとえ人間同士の間にも「異類への驚異」が充(み)ちみちていたように。それにしても、独自のみやびな文体作りの武器であったある種の「含羞(がんしゅう)」から、森見氏はいい意味で解放されつつあるのではないでしょうか。さらなるブレークの予感がする。
有頂天家族 / 森見 登美彦
有頂天家族
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:単行本(357ページ)
  • 発売日:2007-09-25
  • ISBN-10:4344013840
  • ISBN-13:978-4344013841
内容紹介:
糺ノ森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去ってしまった。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎… もっと読む
糺ノ森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去ってしまった。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎は蛙になって井戸暮らし。三男・矢三郎は面白主義がいきすぎて周囲を困らせ、末弟・矢四郎は化けてもつい尻尾を出す未熟者。この四兄弟が一族の誇りを取り戻すべく、ある時は「腐れ大学生」ある時は「虎」に化けて京都の街を駆け回るも、そこにはいつも邪魔者が!かねてより犬猿の仲の狸、宿敵・夷川家の阿呆兄弟・金閣&銀閣、人間に恋をして能力を奪われ落ちぶれた天狗・赤玉先生、天狗を袖にし空を自在に飛び回る美女・弁天-。狸と天狗と人間が入り乱れて巻き起こす三つ巴の化かし合いが今日も始まった。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2007年11月4日

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