書評
『有頂天家族』(幻冬舎)
洛中にあやしいキャラがぞろぞろと
桓武天皇の御代、万葉の地をあとにして入来たる人々の造りあげたのが京都である――と、これはあくまで人間の見た歴史だ。狸(たぬき)に言わせれば、平家物語に出てきた武士、貴族、僧侶のうち、三分の一は狸だし、天狗(てんぐ)に言わせれば、王城の地を覆う天界は、古来、彼らの縄張りであった……?!人を食った出だしの小説である。京都にはいまも、人間と狸と天狗が「三つ巴(どもえ)」で暮らしているというのだ。
本書は、あのジェントルでいけずで奇っ怪な「京風ホラ話」にして、時代を超えたラブコメディーの傑作『夜は短し歩けよ乙女』で人気沸騰中の著者による新作長編だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2007年)。今度もまた、氏がテリトリーとする京都の街を舞台に、作者十八番の「偽電気ブラン」や「腐れ大学生」が登場し、あやしいキャラクターがぞろぞろ。なにしろ語り手は、存命中は洛中に名をとどろかせた大狸の「阿呆(あほう)な」三男坊。準主役に、その敵対家と天狗先生たち、マドンナに、天狗顔負けの術を習得した「半人半天狗」の美女という具合だ。
狸鍋となって死んだ父、宝塚歌劇団狂いの母、四人揃(そろ)ってさえない息子たちの家族愛あり、報われぬ老いらくの恋あり、化かし合いあり。森見風ボキャブラリーを駆使した古風で斬新な文体には、くすぐる小ネタも満載で、どんどん読ませる。
『夜は短し……』では現実世界と魔界のあわいが絶妙に書かれていたが、本作は実在の街(と思われるもの)を舞台にしながら完全に異世界ファンタジーである。人間界を舞台にしながら人間との相違・対比があまりない。そこがわたしにはちょっと勿体(もったい)ない気がした。狸、天狗にしか持ちえぬ視点や世界観、言ってみれば「異類のもたらすセンス・オブ・ワンダー」をもっと体験したかった。作者の前作群においてたとえ人間同士の間にも「異類への驚異」が充(み)ちみちていたように。それにしても、独自のみやびな文体作りの武器であったある種の「含羞(がんしゅう)」から、森見氏はいい意味で解放されつつあるのではないでしょうか。さらなるブレークの予感がする。
朝日新聞 2007年11月4日
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