書評

『一九三四年冬‐乱歩』(集英社)

  • 2017/08/24
一九三四年冬‐乱歩 / 久世 光彦
一九三四年冬‐乱歩
  • 著者:久世 光彦
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • ISBN-10:4087740455
  • ISBN-13:978-4087740455
内容紹介:
スランプの末、突如行方をくらました超売れっ子作家・江戸川乱歩。謎の空白の時を追いながら、乱歩の奇想天外な新しき怪奇を照らす。知的遊戯をまじえ、謎の日々を推理。第7回山本周五郎賞受賞作。

久世光彦はテレビに別れを告げたか?

どうも。前回は「柳沢きみお」と「村生ミオ」を混同してしまった。申し訳ない。実は、以前にも同じ間違いをやったことがあるのだ。わたしの頭脳回路のなかではどうやら「柳沢きみお」と「村生ミオ」が連結されているらしい。この件に関しては近々じっくり考えてみたいと思う。それから『モンモンモン』の連載って終わってたんだって。「ジャンプ」はちょっと人気が落ちるとすぐ連載打ち切りになっちゃうからなあ……。

そういうわけで、わたしはマンガっ子であると同時に生粋のテレビっ子でもあるので(本読みっ子ではあるけど、文学っ子ではないと思うそ。たぶん)、テレビと過ごした時間は途轍もなく長いのである。その三分の一でも文学の方に回していたら、もっといい作家になっていたはずなのに(さらに追加措置として、マンガを読む時間の三分の一と競馬をする時間の三分の一も文学の方に注いでいたら、どれほど偉大な作家になっていただろう)、ほんとうに残念なことだ。しかし、人には持って生まれた性分があって、わたしからマンガとテレビと競馬を奪うことは誰にもできないのである。

さて、そんな風にテレビを見ていて、どうも最近、久世光彦演出作品がめっきり少なくなったような気がするけど、昨今の軽チャーなテレビとは合わんからかなあ、と思っていたらいつの間にか、久世光彦は「文学」の方ヘウェイトを置いた活動をはじめてしまっていたのだった。

もちろん、最初に驚いたのは『昭和幻燈館』(晶文社)だったが、じつはその驚きはちょっと複雑で、久世光彦の重たく厚ぼったく飾りの多い独特の文章と特定の時代への偏愛への驚きと、「演出しても書いても久世は久世だなあ」とぜんぜん驚きがなかったことへの驚きとが入り交じっていたのだった。それからは、久世の本が出るたびに買っては読むようになり、中でも『触れもせで』(講談社)では、恥ずかしながら読まず嫌いだった向田邦子を発見させていただいた。

おかげで、わたしは向田邦子を読むというたいへん有意義な時間を所有できるようになったのである。ほんと、久世さん、サンキューね。そして、その久世光彦の最新作がこの『一九三四年冬――乱歩』(集英社)というわけである。

主人公は行き詰まりを感じる大推理作家江戸川乱歩。ある日、失踪した乱歩は麻布箪笥町の「張ホテル」に秘かに隠れ、興のおもむくまま、奇怪な中編『梔子姫(くちなしひめ)』を書きはじめる。主人公のわたしは、どこともわからぬ怪しげな娼館でこの世のものとも思えぬ異形(?)の女に出会い、ずるずると快楽にひきずりこまれてゆく……と、作品『梔子姫』が書き進められるにつれ、乱歩の周りの世界もまるで『梔子姫』の世界に浸食されるかのように怪しく変貌してゆくのだった。

下手な説明だけど、面白そうでしょ。いや、実際面白いんだが、ではそれはどこだってことになると、久世光彦には「文学」が過剰にあるからだというのがいちばん正しい答えになるだろう。現代文学は何十年もかけて、その「文学」臭さを「脱臭」することによって洗練されてきた。その結果どうなったかというと、味も素っ気もないものに変わっちまっただけだったのだ。久世光彦はずっと「現代のことなんか、おれは何も知らん!現代が好きなやつが勝手にやっとれ。おれは別の時代のことを勝手にやる」と宣言し、そのようにやってきた。頑固ものめ。しかし、驚くね。だって、いまはそれがいちばんカッコいいのだぜ。

【この書評が収録されている書籍】
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ / 高橋 源一郎
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1997-10-00
  • ISBN-13:978-4022571922
内容紹介:
どんな本にも謎がある。世界一の文学探偵タカハシさんが読み解く本の事件簿、遂に登場。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

一九三四年冬‐乱歩 / 久世 光彦
一九三四年冬‐乱歩
  • 著者:久世 光彦
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • ISBN-10:4087740455
  • ISBN-13:978-4087740455
内容紹介:
スランプの末、突如行方をくらました超売れっ子作家・江戸川乱歩。謎の空白の時を追いながら、乱歩の奇想天外な新しき怪奇を照らす。知的遊戯をまじえ、謎の日々を推理。第7回山本周五郎賞受賞作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊朝日

週刊朝日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
高橋 源一郎の書評/解説/選評
ページトップへ