書評

『太陽の塔』(新潮社)

  • 2017/11/21
太陽の塔  / 森見 登美彦
太陽の塔
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(237ページ)
  • 発売日:2006-06-01
  • ISBN-10:4101290512
  • ISBN-13:978-4101290515
内容紹介:
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
〈何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。なぜなら、私が間違っているはずがないからだ〉なんて大それたことを言い放つ、この小説の語り手は京都大学を休学中の五回生。本当はモテたくて仕方ないくせに、まるでモテないのだから、端からすればずいぶんみじめな学生生活を送っているように見受けられる。ところが、彼は自分がモテないのは世間のほうがまちがっていると主張して譲らない。

たとえば〈水尾さん〉との一件。理屈ばかりこね回している上にむさ苦しい、つまり、いまどきの基準では女子から鼻もひっかけてもらえないタイプの〈私〉にだって、実は彼女がいた時期があったのだ。それが水尾さん。が、ほんの数ヵ月で玉砕。にもかかわらず〈なぜ私のような人間を拒否したのか〉解せない〈私〉はその後も〈水尾さん研究〉と称して観察を続けている。これをストーカーと呼ばずに何と称せばいいんでありましょうかっ。ところが〈私〉は堂々と胸を張るのだ。彼女は〈私の人生の中で固有の地位を占めた一つの謎と言うことができた。その謎に興味を持つことは、知的人間として当然である。したがって、この研究は昨今よく話題になる「ストーカー犯罪」とは根本的に異なるものであったということに、あらかじめ読者の注意を喚起しておきたい〉と。

第一五回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した森見登美彦の『太陽の塔』における文章は、このように常に主観と客観という二重構造を持つ。そのズレが笑いをもたらすのだ。反復や誇張、間といった技巧が駆使されたこの小説は、上等なコミック・ノベルとして、まずは称賛されるべきだろう。

おそろしく緻密な頭脳の持ち主ながら、デートで観覧車に乗り込もうとした際、一緒に乗ろうとした彼女を「これは俺のゴンドラ」と押し返しフラれた経験を持つ男・飾磨、鋼鉄のような髭を生やした超弩級のオタク・高藪、世間に対し容赦ない怨念をじくじくと培養している法界悋気(ほうかいりんき)の権化・井戸。この三人に〈私〉を加えた、自称「四天王」が暇にあかして交わす崇高なまでにバカバカしい会話や、〈男汁溢れる〉妄想、彼らがクリスマスイヴに決行する壮大までにくだらない計画は、腹筋がブチ切れそうになるほどの笑いを読者に提供してくれるのだ。

そうしたあれこれに爆笑しつつ、しかし、あなたはコメディーの裏に恥ずかしそうに身を隠したロマンティシズムをいずれ見つけることだろう。それは、岡本太郎が大阪万博の際に製作した太陽の塔と水尾さんをめぐるエピソード。〈私〉は〈つねに異様で、つねに恐ろしく、つねに偉大で、つねに何かがおかしい〉、それゆえに自分を畏怖させる世界で最も愛する場所へと、交際中の水尾さんをいざなう。それが太陽の塔なのだ。すると、その日から、水尾さんは〈私〉を上回るほどの情熱を、太陽の塔に傾けはじめる。すぐにフラれてはしまったけれど、でも、〈私〉は少なくとも太陽の塔を彼女の心奥深くに棲みつかせることはできたのだ。だから、万博公園に連れていってくれる叡山(えいざん)電車を見かけるたび、その中に水尾さんの幻影を見ないではいられない〈私〉は――。

クリスマスイヴに四天王が起こした大騒動の後、〈私〉は色々なことを思い出す。最後の最後でようやく明かされる、おちゃらけてばかりの〈私〉のセンチメンタリズム。その切なさ、爽やかさは、読後、笑いを押しのけて強い印象を残すにちがいない。そう、これはれっきとした恋愛小説なのだ。新人らしからぬ韜晦(とうかい)と諧謔に満ちた巧緻(こうち)な語り口をひっさげ登場した森見登美彦の、二四歳の地の純情がはっきり見えるそのファンタスティックなシーンもまた、本書の美点なのである。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

太陽の塔  / 森見 登美彦
太陽の塔
  • 著者:森見 登美彦
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(237ページ)
  • 発売日:2006-06-01
  • ISBN-10:4101290512
  • ISBN-13:978-4101290515
内容紹介:
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

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初出メディア

PHPカラット(終刊)

PHPカラット(終刊) 2004年5月

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