書評

『乱調文学大辞典』(角川書店)

  • 2018/08/27
乱調文学大辞典 / 筒井 康隆
乱調文学大辞典
  • 著者:筒井 康隆
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(214ページ)
  • 発売日:1986-02-00
  • ISBN:4041305179
内容紹介:
パロディで文学史をなで切り。笑える辞典、ついに誕生!

パロディーの裏の本音

筒井康隆には「欠陥大百科」という力作があるが、これはその文学版だ。ただし〈乱調〉のタイトルがしめすように、まぎれもないパロディーである。

五十音順に文学、芸術、歴史、思想などの項目をあげ、書名や人名を加えて、彼一流のパロディーを展開した読物である。たとえば〈回顧録〉の項には、「惜しまれながら世を去る機会のなかった人が、それに気がついてあわてて書く本」とあるかと思うと、〈ボディ・ビル〉では「バーベルやエキスパンダーで建てられたビルディング。たいてい、中はからっぽ」とあり、ワサビのきいたものが少なくない。

〈デカダンス〉には「和田アキ子が踊るゴーゴーのこと」と説明がつけられ、〈ドッキング〉は「犬の交尾」と述べるなど、ゴロあわせ的な茶化したものもあるかと思うと、逆にきわめてまじめなテイサイをよそおったものもまじっており、そのひとつひとつが作者の才気をうかがわせる。

もとの意味を知らなければ理解できない高度な内容のものから、ごく単純なゴシップもどきなものまで、いずれも反俗精神にとんだ解釈で、全体でひとつの戯画になっているところがみものであろう。日本の庶民のあいだには言葉あそびの豊富な伝統があった。しかし近世から近代へ移り変る過程で、その庶民的な伝統は脇へおしやられ、概念のかった思考がわがもの顔に横行したのが、日本の近代である。

筒井康隆は彼一流のやりかたでその遺産を掘りおこし、パロディーのもつパンチカをよびさまそうとしたのであろう。ただし内容はそんなリクツなど抜きにして痛快なものであり、ゲラゲラ笑いながら読みすすめるが、読みおわっ
たあとでふと、ある種のことに気づかせられるといったテイサイのものだ。

このある種のものというのは、マスコミの現状であるかもしれないし、現代の世相一般であるかもしれない。それは読む人によって異るだろうが、しかし筒井康隆はそのパロディーの裏に案外本音を吐露しているようだ。

巻末に「あなたも流行作家になれる」というユカイな〈流行作家のすすめ〉が収録されている。小説作法や文章入門とは違い完全なパロディーだが、ここにも逆説的なマスコミ批判がよみとれる。

ここでたいせつなのは流行作家になれるというところであり、文学のすすめでもなく、小説を書くための啓蒙書でもないところがミソなのだ。彼は流行作家を定義して、「現存スル日本ノ商業誌ニシテ発行部数十万以上ノ中間小説誌二月平均一・五篇以上ノ短篇小説ヲ六カ月以上継続的二執筆シナガラモ死亡ニイタラザル者ハ、コレヲ流行作家トヨブ」という。

そして流行作家になるための特別な資格などは何もないし、むしろアマチュア性が尊重される時代であり、小説に必要なのは作家の考え方などではなく作家の見方だといい、視覚の時代にふさわしい表現形式をすすめ、原稿の書きかたのテニヲハからはじめて、原稿の売りこみ方、批評にたいする対応、量産のこなし方、原稿のおくれたことにたいする言訳までを、体験的に述べている。

マスコミの裏側からみれば彼の説明はマトを射ており、文壇文学にたいする批判になっているところに、この本のおもしろみがあるようだ。
乱調文学大辞典 / 筒井 康隆
乱調文学大辞典
  • 著者:筒井 康隆
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(214ページ)
  • 発売日:1986-02-00
  • ISBN:4041305179
内容紹介:
パロディで文学史をなで切り。笑える辞典、ついに誕生!

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1972年3月17日

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