書評

『スタッキング可能』(河出書房新社)

  • 2018/10/04
スタッキング可能 / 松田 青子
スタッキング可能
  • 著者:松田 青子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(203ページ)
  • 発売日:2016-08-05
  • ISBN-10:4309414699
  • ISBN-13:978-4309414690
内容紹介:
5階A田、6階B野、4階C川、7階D山、10階E木…似ているけれどどこか違う人々が各フロアで働いているオフィスビル―女とは、男とは、会社とは、家族とは…同調圧力に溢れる社会で、それぞれの『武器… もっと読む
5階A田、6階B野、4階C川、7階D山、10階E木…似ているけれどどこか違う人々が各フロアで働いているオフィスビル―女とは、男とは、会社とは、家族とは…同調圧力に溢れる社会で、それぞれの『武器』を手に不条理と戦う『わたしたち』を描いた、著者初の小説集。文庫本書き下ろし短篇「タッパー」を収録。第4回Twitter文学賞(国内部門)第1位。キノベス!2014第3位。
本書収録作「マーガレットは植える」を初出で読んだとき、すごいすごいすごい、誰かと今すぐこの衝撃を共有したいと思い、とりあえず表題をネット検索したのだが、どうしても「もしかして:マーガレットハウエル」などと別語の検索結果が勝手に導出されてしまい、いっこう求める情報に辿りつけないでいるうち、もしかして本当にマーガレットハウエルに捧げた物語なんじゃないか、と考えるようになっていた。というか、マーガレットハウエルの来歴そのものだ(むろん錯覚)。「マーガレット」と自称する女は「真っ白いシャツ」(!)を皮切りにあらゆるものを植えてゆく。そんな不思議な「仕事」に従事している。「マーガレットは植える」という一文が先行した。目的語の順次代入と自由連想、その積み重ねが物語を駆動する。まちがっても、寓意志向を察知したり、内面問題に回収したりすべきではない。他の収録作も完全に同型だ。言葉それ自体の快楽を追求した作品集に仕あがっている。

じっさい、中短篇三作それぞれの後に連作的に挿入された戯曲「ウォーターブルーフ嘘ばっかり!」の形式は、より直接的に音声再生を誘発するだろう(初出時には演出指導も併記)。女性二人組がファッション関連の大量のあるあるネタを介して「現代社会」への違和を表明してゆく。その違和は三作にも通底する。が、そんなことはこの際どうだっていい。連呼される「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」の破壊力を純粋に愉しみたい。

とにかく、音やイメージの潜在的な連想が随所に散乱している(ように読める)。表題作「スタッキング可能」であれば、飲料用の「タンブラー」とSNSの「タンブラー」が連絡するように。後者タンブラーをある登場人物は「画像を積み重ねていくとアーカイブで見たときに結構壮観」と解説した。「知らない人たち」との共同作業だと。とすれば、まさに同作全体がタンブラー的構造を備えているといえる。錯時的な断章形式のもと、類型的な職場の日常が複数併置される。その存在や会話はすべて交換可能だ(だから、人名は「A田」「B田」「D田」…、「A田」「A山」「A村」…)。似た体験が別の誰かによって再演される。その積み重ねが一つの会社=ビルを構成する。そうした規格化(同調圧力とラベリング)に抗う主体として「『わたし』」が析出された。『わたし』は別様の「スタッキング」方法(=「戦い方」)を模索している。本書はそれを小説の構造として表象しつくす。

互換性の見立ては収録作「もうすぐ結婚する女」も共有する。「もうすぐ結婚する女」と呼ばれる女が複数いる。他に、職業観をめぐる思考(新しい会社小説)や空間的な上下運動(階数への拘泥)といったモチーフも作品間でスタッキング可能な要素となっている。緻密に設計されているが(縦横に拡張する建築を想起した)、多様な読解を拒絶しない。半径五メートル圏内の素材しか拾えず、その結果、日常のコミュニケーションに伏流する怪奇に照準設定しがちな若手が溢れるなか、新たな言語実験を選択した同世代の作家の第一作をただただ心強く感じている。
スタッキング可能 / 松田 青子
スタッキング可能
  • 著者:松田 青子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(203ページ)
  • 発売日:2016-08-05
  • ISBN-10:4309414699
  • ISBN-13:978-4309414690
内容紹介:
5階A田、6階B野、4階C川、7階D山、10階E木…似ているけれどどこか違う人々が各フロアで働いているオフィスビル―女とは、男とは、会社とは、家族とは…同調圧力に溢れる社会で、それぞれの『武器… もっと読む
5階A田、6階B野、4階C川、7階D山、10階E木…似ているけれどどこか違う人々が各フロアで働いているオフィスビル―女とは、男とは、会社とは、家族とは…同調圧力に溢れる社会で、それぞれの『武器』を手に不条理と戦う『わたしたち』を描いた、著者初の小説集。文庫本書き下ろし短篇「タッパー」を収録。第4回Twitter文学賞(国内部門)第1位。キノベス!2014第3位。

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