書評

『晩年様式集』(講談社)

  • 2020/08/31
晩年様式集 / 大江 健三郎
晩年様式集
  • 著者:大江 健三郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(434ページ)
  • 発売日:2016-11-15
  • ISBN-10:4062935333
  • ISBN-13:978-4062935333
内容紹介:
作家自身を思わせる主人公の長江古義人は、3.11後の動揺が続くなか「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)」と題する文章を書きだす。妻、娘、妹の「三人の女たち」からの反論。未曾有の社会的危機と自らの老いへの苦悩。少なくなる時間のなかで次世代に送る謎めいた詩。震災後の厳しい現実から希望を見出す、著者最新にして「最後の小説」。

未定稿の補遺

ある文芸誌の依頼だった。二〇〇〇年代に大江健三郎が発表した一連の小説作品をメディア論の観点から批評したことがある。といっても、ずいぶん時間を投入してさしあたり三〇枚程度にまとめられたその文章は、自分でどうにも最終的な納得がゆかず、けっきょく無理をいってペンディング(事実上のボツ)にしてもらったのだった。未発表のままだ。時折ひっぱり出しては加筆をくりかえす。

そこで中心的に扱った『取り替え子(チェンジリング)』が『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』の中盤に出てくる。大江定石の自作言及だ。『懐かしい年への手紙』『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』『空の怪物アグイー』なども陸続と招喚される。舞台裏や周辺情報が開示される。むろんフィクションに加工されて。『晩年様式集』の「私」=長江古義人が『取り替え子』の作者という設定である。とすれば、がぜん以前の立論の改修作業に着手したくもなる。――が、これは正しい反応なのだろうか。この点に話を絞る。

『晩年様式集』の構造はいささか込み入っている。「前口上として」で自己解説されるとおり――これも小説の一部だ――、私家版雑誌の制作プロセスが基軸となる。現在時は三・一一以後。長江は日々思いつくままノートに文章を書き留めている。プランなきそれは「晩年様式集」と題される。他方、妹(アサ)と妻(千樫)、娘(真木)はグループ「三人の女たち」を結成。既存の長江作品への異論を書き相互に閲覧する。飽き足らず当人に突き付けるようにもなった。二つは合冊され、内輪雑誌『「晩年様式集」+α』として号を重ねる。本書『晩年様式集』はいわばそのメイキングだ(あえて虚実転倒した見方をするならば)。必然的に多元焦点化の編成を採る。複数の文体と思惑が交錯・葛藤する空間として小説が仮構される。会話やインタビュー、手紙など多彩なスタイルが容赦なく溶かし込まれ、そこに先行テクストからの引用が散乱する。黙示的な外部参照も配備される。

そう、きわめて雑誌編集的な小説なのだ。あらゆるレべルにおいて。そもそも初出からして月刊誌連載だった。作家=大江健三郎の言動に同定可能な日常のエピソードがさほど時をおかずして随所に書き込まれる。現実空間と虚構空間が漸近的に同期してゆく。掲載誌は各回原稿を他の作家や批評家のテクスト群と同梱する。読者はそれを併読したはずだ。そこに、《震災以後の文学の反応》といった例外的な評価スケールが適用されもした(時評の類は同月発表の作品同士を強引に繋いだ)。幾重にも折り重なる「雑‐誌」性――隣接性、速報性、猥雑性、どう言い換えてもよい――は状況に応接すべく要請されたものだろう。しかし同時に、二〇〇〇年代に大江が追究してきたテーマの延長線上に位置づけることも可能だ。前述のボツ原稿を使って考えよう。

そこでは、『取り替え子』はじめ「おかしな二人組(スウード・カップル)」三部作が内包するコミュニケーション・モデルの析出に課題が設定されていた。関心の所在は作中人物間の関係性の変容にある。舞台装置としてのいくつかのメディア技術が変容過程を逐一可視化しているというのが論旨だったのだが、ここではおいておく。結論のみ図式的に記す。三部作は「対話」を主題としている。しかし、『取り替え子』前半部は、“〈二〉ならざる〈一〉” の原理に貫かれる。つまり、他者不在の独我論的な思考様式に陥っている。それが物語の進展とともに変形をはじめる。第三項の不如意の介入をこうむった結果、対他的な思考様式に転回し、最終的にはネットワーク型の思考様式へと帰着する。今作が描くのはまさにその先だ。外部(女たち)の前景化と相互参照の徹底化。娘はいう。どれも「パパ中心」の物語だった、と。その「私」が特権的位地からいくらか降格されることになる。

自作言及はここに密接に関わる。多数の登場人物が過去の作品への異議申し立てを行なう。野放図なまでに。「私」が応答する。そのつど旧作の意味は遡行的に再編され、円環を結び直す。しかし、既存の解釈がキャンセルされるわけではない。上書きされ多層化してゆく。入れ子状に解釈のリンクが反復され、意味決定の最終審級が無限退行する。作品間/人物間のネットワークが自律的に増殖する。構造の総体そのものが超越論的な他者として機能し続ける。「晩年」を掲げる以上、当然ながら作者不在の未来が前提とされる――「やむなく途中で作業を中断」する可能性もあった。作家不在の世界で継続する物語。その立ち上げはいかにして可能か。過剰なまでの自作言及はその解答のひとつだ。自己総括の印象を与えもしよう。じっさいそうした側面はある。だが、ここで真に試みられているのは単なる自分史とは異なったより壮大なプロジェクトだ。永遠性が志向される。

このとき、長江‐大江の重合を詮索する作業などもはや意味をなさない。ある時期以降の大江は作を重ねるたび、自己言及のリズムを加速させてきた。今作は当該作自身の先行頁までもすぐさま批判対象として呑み込んでしまう。その作品と作家との新たな関係性は、外部に広がる無限のネットワークへと開かれてもいる。日本的な私小説風土とは完全に位相を異にする態勢だ。さらにその先の光景を見てみたいと思う(作家を追い抜く作品?)。

しかしながら、プロジェクトは後続世代に委ねられるべきなのだろう。そしてそれは、おそらく対話=集合的にしか実行されえない。
晩年様式集 / 大江 健三郎
晩年様式集
  • 著者:大江 健三郎
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(434ページ)
  • 発売日:2016-11-15
  • ISBN-10:4062935333
  • ISBN-13:978-4062935333
内容紹介:
作家自身を思わせる主人公の長江古義人は、3.11後の動揺が続くなか「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)」と題する文章を書きだす。妻、娘、妹の「三人の女たち」からの反論。未曾有の社会的危機と自らの老いへの苦悩。少なくなる時間のなかで次世代に送る謎めいた詩。震災後の厳しい現実から希望を見出す、著者最新にして「最後の小説」。

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