書評

『失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち』(平凡社)

  • 2020/08/26
失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち / ハンフリー・カーペンター
失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち
  • 著者:ハンフリー・カーペンター
  • 翻訳:森 乾
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(458ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4582373348
  • ISBN-13:978-4582373349
内容紹介:
ヘミングウェイ、ピカソ、フィッツジェラルド…。彼らはパリに何を求め、何を見いだしたのか。1920年代の熱狂の中で、パリに生きたアメリカ人作家と国外芸術家たちの軌跡をたどる。
十九世紀の末、家族連れでパリを訪れるアメリカ人が増えたが、旅から帰ったガートルード・スタイン、ナタリー・バーニー、シルヴィア・ビーチの三人の少女は、大きくなったらパリで暮らしたいと願うようになった。成長した彼女たちは、いずれも夢を実現してパリに定住し、スタインとバーニーは芸術サロンを、ビーチはシェイクスピア・アンド・カンパニーという英文学の書店を開いた。

やがて第一次世界大戦をきっかけに、ジョイスやパウンドらの英語圏の前衛作家がパリを訪れるようになると、彼女たちのサロンや書店は、この種の「国外芸術家」のたまり場と化した。なかでも、ドルが強くなったアメリカからは、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなどの若く才能のある作家たちが「人生の可能性」を求めて次々に海を渡ってきた。

彼らは、モンパルナスのカフェにたむろしては、議論し、喧嘩し、恋をして、一九二〇年代を通じて、毎日が祝祭のような日々を送った。ガートルード・スタインは、彼らを「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」と名づけたが、後にこの名称は、アメリカ文学の黄金時代を意味するようになった。

本書の特色は、こうしたアメリカの作家たちがなぜパリに憧れたのか、その理由を十九世紀にさかのぼって歴史的に解き明かすと同時に、「失われた世代」の記念碑であるヘミングウェイの小説『日はまた昇る』を、二流作家に終わったロバート・マックアーモンやハロルド・ロウブの回想と引き比べて検討し、その比較の中から、より実像に近い「失われた世代」の肖像を、コラージュ風に浮かび上がらせることにあるようだが、細部への拘泥(こうでい)が全体的視野を見失わせている箇所が多く、研究書としてはいまひとつ明確な焦点を結ぶまでに至っていない。とはいえ、かえってその分「モンパルナスは地理的な区域というよりもむしろ一種の精神状態なのだ」とヘミングウェイが語った特権的な時代のパリの光はどのページにも眩いばかりにあふれている。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN-10:4094084010
  • ISBN-13:978-4094084016
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・… もっと読む
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

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失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち / ハンフリー・カーペンター
失われた世代、パリの日々―一九二〇年代の芸術家たち
  • 著者:ハンフリー・カーペンター
  • 翻訳:森 乾
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(458ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4582373348
  • ISBN-13:978-4582373349
内容紹介:
ヘミングウェイ、ピカソ、フィッツジェラルド…。彼らはパリに何を求め、何を見いだしたのか。1920年代の熱狂の中で、パリに生きたアメリカ人作家と国外芸術家たちの軌跡をたどる。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 1993年5月7日

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