書評

『モロッコ流謫』(筑摩書房)

  • 2020/01/14
モロッコ流謫 / 四方田犬彦
モロッコ流謫
  • 著者:四方田犬彦
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(376ページ)
  • 発売日:2014-07-09
  • ISBN-10:4480431853
  • ISBN-13:978-4480431851
内容紹介:
モロッコは人の運命を変える。青く高い空によって、音楽の陶酔によって、いや、何よりも魔術によって。ポール・ボウルズとその妻ジェイン。バロウズ。ジュネ。バルト。石川三四郎…。モロッコは人を砂漠の静寂へと導き、夢想と放浪を説いてやまない。十年にわたりこの神秘の国に魅惑された著者による、旅行記と比較文学論の、みごとな結合。伊藤整文学賞、講談社エッセイ賞受賞。

街から邑へ

一九八七年春から翌年の春までの一年間、ニューヨークに滞在していた四方田犬彦がもっとも愛した場所のひとつに、聖マルクス書店がある。けっして大きくはない――おまけに太った白い猫のいる――この本屋には、「およそその月にアメリカで出版されたうちでもっとも優れた文学書、哲学書が、文字通り猫の額ほどの空間にびっしり並べられ、積みあげられて」いた。厳しいセレクションをくぐりぬけて長期間この店の書棚を占拠している書き手が、当時三人いたという。略して3B。すなわちウィリアム・バロウズ、チャールズ・ブコウスキー、そしてポール・ボウルズである。

この滞在の成果は、帰国後、『ストレンジャー・ザン・ニューヨーク』(朝日新聞社)にまとめられた。映画、文学、演劇、音楽、絵画、彫刻、およそ考えうるすべての知的領域を渉猟する圧倒的な好奇心、その知を冷たいものにしない生きた人間への関心、不思議な人脈を自然とつくりあげてしまう天性の対人外交術。四方田犬彦という批評家の本質がきれいに出そろったこの書物こそ、のちの『月島物語』(集英社)へ、そして本書『モロッコ流謫』へとつながる、定住する放浪者とでも言うべきスタイルの出発点だった。

魅力溢れる幾多の固有名のなかで、氏の今後の仕事を予告するものとして私の心に刻まれたのは、ポール・ボウルズだった。一九一〇年に生まれ、戦前は前衛作曲家として頭角をあらわし、戦後はニューヨークを棄ててモロッコに移住、以後四十年にわたってタンジールに住み着いているボウルズの、北アフリカを舞台とする「一種異様な形而上学的幻想」に満ちた作品群が一九八〇年代に入って再評価され、全作品が再刊されるにいたった。このうちのいくつかを訳してみようと考えるところまでは、誰にでもできる。しかし四方田氏は、その先にある困難を、信じがたい出会いの僥倖と行動力で突破してしまうのだ。世捨て人みたいに暮らしていてなかなか会えない作家の住所を入手し、手紙を出すと、「ほどなくしてハッサン二世の肖像切手を貼った封筒が舞いこみ、自分の作品を訳してくれるのはうれしいがその前に一度モロッコを知ってほしい、歓迎すると文面にあった」。早速招きに応じて「タンジールにボウルズを訪れると、ついこないだベルトリッチという映画監督が来て、自分が一番最初に書いた長編を映画化したいといっていたと知らされた」(『ストレンジャー・ザン・ニューヨーク』)。

四方田犬彦のアンテナは、いつも流行より少し先の電波をとらえている。だから右の一節を読んでいた者にとっては、バブル期最後の東京でわき起こった妻のジェインをもまきこんでのボウルズ・ブームなど事実の追認でしかなかったはずだが、私には雑誌の特集や作品集の刊行という恩恵にあずかってなお強い欲求不満が――じつにあっさりと片づけられてしまったタンジールでのボウルズとの出会いを、もっと詳しく知りたいという欲望が――残されたのである。あれから十年。その夢が、とうとう果たされることになった。四方田氏にとっての課題である以上に、私をふくめた読者にとっての夢が。『モロッコ流謫』は、それほどに待たれていた書物なのである。

紀行文であり評論であり卓抜な肖像集であり著者自身の人生の一時期を区切る回想でもある、雑多なジャンルが入りまじった記述そのものが、すでにタンジェ――タンジールは本書で、フランス語読みのタンジェと名を変えている――という、地中海に面した港湾都市の来歴をなぞっている。紀元前からさまざまな民族が奪い合い、一九二三年以後は列強八ヵ国の共同管理下に置かれ、関税が撤廃された自由貿易のコスモポリットな空間を第二次世界大戦後まで保持していたタンジェへの第一歩となるニューヨークでの出会いは、期待どおり第一章でたっぷりと語り直されている。著者にボウルズの翻訳を薦めたのがジム・ジャームッシュであり、住所も彼に教えてもらったこと、手紙を受け取ってタンジェに降り立ったはいいが、作家の家を見つけるのに多大な時間を費やしたことなど、かつてはほんの数行で片づけられていた細部が次々に明らかになる。しかもそうした細部は、時間の流れではなく、内的な要請にしたがって、あちらへ行き、こちらへ戻るふうの、自在な断章の呼吸のさなかで漏らされている。

アステリスクを多用したゆるやかな叙述は、映画や文学の断片からなるモロッコのイメージを統合しないまま呼び寄せ、それらを享受してきた著者自身の過去への遡行を可能にしているばかりか、ボウルズその人の特質を構成じたいに植えつけるのに効果を発揮している。ロスト・ジェネレーションとビート・ジェネレーションのはざまに立ち、フランスの実存主義文学をいちはやく英語圏に輸入しながら、マグレブの口承文学をも血肉化した世界文学のオアシス的存在であるボウルズの多面性を描くには、短いブロックの積み重ねがおそらく最適の方法だろうし、それはまた、「帰還の不可能」を追求してきたボウルズとある程度まで足並みを揃えつつ、中心を回避して徹底的な「世界の外側」に位置する戦略とも重なりうるだろう。タンジェ、フェズ、ララーシュとつづくマグレブの土地を示す言葉が「邑」で統一されているのも、西欧の都市空間とはべつの、よじれた時間をつつむ表現としての断章に見合っている。

羊肉と香辛料とキフの香りの染みた書物の記憶は、後半部に「補遺」としてまとめられている抑制の利いた論考によって再整理されるのだが、数ある挿話のなかでひときわ鮮烈なのは、ボウルズでもそれをとりまくいかがわしい人物でもなく、ラバトに大使として赴任していた三島由紀夫の実弟、平岡千之との交遊だと言ったら失礼にあたるだろうか。天才的な文学者を間近に見て、ある意味でボウルズの短篇の主人公のように自身の「舌」=「言語」(ラング)を引き抜かれてしまったこの人物こそ、帰還を拒否する物語の、真の主人公であるかに見える。

ただし本篇のほうでは、あらたな予告もなされている。四方田氏のモロッコは、最後の最後で、ボウルズからジュネへと位相をずらしているからだ。ララーシュに眠る「聖人」ジュネの墓を訪れる最終章の筆致の、ボウルズに対するときとは異質なあたたかさは、円環が閉じるのを潔しとしない筆者のさらなる彷徨を暗示しているのではないか。流謫のあとには休息がある。そんなことは百も承知だが、私はこれにつづく物語を、あと十年も待ちたくはない。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN-10:4122055539
  • ISBN-13:978-4122055537
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

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モロッコ流謫 / 四方田犬彦
モロッコ流謫
  • 著者:四方田犬彦
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(376ページ)
  • 発売日:2014-07-09
  • ISBN-10:4480431853
  • ISBN-13:978-4480431851
内容紹介:
モロッコは人の運命を変える。青く高い空によって、音楽の陶酔によって、いや、何よりも魔術によって。ポール・ボウルズとその妻ジェイン。バロウズ。ジュネ。バルト。石川三四郎…。モロッコは人を砂漠の静寂へと導き、夢想と放浪を説いてやまない。十年にわたりこの神秘の国に魅惑された著者による、旅行記と比較文学論の、みごとな結合。伊藤整文学賞、講談社エッセイ賞受賞。

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新潮

新潮 2002年2月

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