書評

『シンセミア』(講談社)

  • 2017/11/09
シンセミア  / 阿部 和重
シンセミア
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2013-05-15
  • ISBN:4062775484
内容紹介:
神町。この片田舎の町では暴発寸前の欲望が渦巻いていた。伊藤整文学賞、毎日出版文化賞をダブル受賞した、興奮必至の超傑作長編。
連載期間三年半、原稿用紙一六〇〇枚にも及ぶ阿部和重の大長篇小説『シンセミア』を一読、驚いてしまった。だって、ミステリーなんだもん、バリバリのエンターテインメントなんだもん。いや、純文学リーグの批評家が小難しい理屈こねたってダメ。「時間(歴史)」「空間(土地)」「関係(人間)」の三位一体を同時代感覚で描くってのは、今や純文系よりエンタメ系作家の得意技なんだから。

舞台は作者自身の故郷である山形県の実在の田舎町。この土地は戦後、進駐軍からの資金が流れ込むことで頽廃の極みといった一時期を体験しているのだが、二〇〇〇年夏、ここに再び不穏な空気が流れる。産業廃棄物処分場の建設をめぐる対立からか、不審な事故や自殺が相次ぎ、そこに盗撮サークルの暗躍や、様々な不倫関係、ロリコン警察官の危ない欲望、UFO絡みの騒動、町を牛耳る重鎮メンバーの仲間割れなどが錯綜。やがてはノアの方舟のそれを思わせる洪水災害をきっかけに、町の後ろ暗い歴史が露わになっていく――。

という五〇余年にも及ぶ町の歴史と人間関係を、膨大な登場人物の行動や心理を丹念に追いながら明らかにし、その過程で破廉恥極まりない人間の本性や、無惨な死体を積み上げていく。それって、エンタメリーグの田舎ノワール作品のプロットそのまんまじゃん。具体的にたとえるならば、小野不由美『屍鬼』の手法で戸梶圭太『なぎら☆ツイスター』風のえげつない物語を描き、そこに中上健次やガルシア=マルケス、フォークナーでお馴染みのサーガ風味をトッピングした共同体群像劇、そんな感じなのだ。

山形弁がもたらす哄笑と、そののんびりした語り口に反しての狂気の噴出。物語の太い幹をなす「パンの田宮」一族を中心に、町の重鎮たちの二代、三代にわたる父子の因果を呼応させあう構成もばっちり決まってるし、田宮の跡取り息子が加わっている盗撮サークルのえげつない活動内容をはじめ、枝葉の広げ方にも抜かりがない。田舎町の”一円野郎と激安女”((c)戸梶圭太)どもが、エゴむき出しに下劣の限りを尽くす描写が、阿部和重のこれまでの作品にはなかったドス黒い哄笑を巻き起こすのだ。

盗撮サークルを結成している若い衆の行動は過激さを増し、ついには町を牛耳る父世代を追い落とし、自ら権力の座につこうと浅はかな企みを巡らせる。電波系の”村のバカ”がトリックスターのごとく騒ぎまくって、ただでさえ混乱の度を深めている町を、さらに引っかき回す。パン屋の跡取り夫婦は、小麦粉ではなくてコカインに夢中になり、その父は過去の因縁に縛られて、ついに身動き取れず自爆。蓮實重彦がどこかの文芸誌で看破していたとおり、この小説の中には「ただのパン屋」も「ただの警官」も「ただのビデオ屋」も「ただの教師」も「ただの女子高生」も登場しない。あらゆる登場人物が己の役割を見失い、いつ発狂してもおかしくないギリギリの日常を生きているのだ。そして、二〇〇〇年の夏にこの町を襲う悲喜劇のすべてが、実は一九五三年アメリカにおける小麦の大豊作に端を発していたという、大きなマトリックスが浮かび上がってくる。そんな壮大な仕掛けも見事に決まった、これは阿部和重の現時点における最高傑作にちがいない。

しかも、比喩をできるだけ排除した文体効果や映画的描写もあいまって、文学臭をあまり感じさせないリーダビリティ高い作品になっているのだ。三島賞か直木賞かで選考委員は悩むだろうなあ(芥川賞は枚数に制限があるので本作は対象にならない)。その意味、問題作。で、問題作はいつだって面白いんである。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN:4757211961
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

シンセミア  / 阿部 和重
シンセミア
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2013-05-15
  • ISBN:4062775484
内容紹介:
神町。この片田舎の町では暴発寸前の欲望が渦巻いていた。伊藤整文学賞、毎日出版文化賞をダブル受賞した、興奮必至の超傑作長編。

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初出メディア

PHPカラット(終刊)

PHPカラット(終刊) 2004年3月

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