書評

『オーガ(ニ)ズム』(文藝春秋)

  • 2020/01/12
オーガ(ニ)ズム / 阿部 和重
オーガ(ニ)ズム
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(861ページ)
  • 発売日:2019-09-26
  • ISBN-10:4163910972
  • ISBN-13:978-4163910970
内容紹介:
ある夜、阿部和重邸に、アメリカから瀕死の諜報部員が転がり込んだ。時空を超えた壮大な旅が始まる。日米を股にかけた大巨編の誕生。

虚構の強靱な力でリアルと切り結ぶ

先行作『シンセミア』『ピストルズ』に続く「神町(じんまち)サーガ」の完結編となる超大作だ。謝辞を入れて861ページ。ポリティカルサスペンスと呼びうるだろうか? スパイ小説でも、オルタナ・ワールドものでもある。

物語のメインステージは二〇一四年の日本。再来日するオバマ大統領を狙った爆破テロ、さらには世界を破滅させようとする核テロを企む陰謀組織があり、語り手と米国CIAのケースオフィサーがそれを阻止しようと戦う。それが本作のごく大まかな筋だ。

まず特筆すべきは、語り手/主人公が「阿部和重」である点だろう。ジョイス、ナボコフ、大江健三郎と羅列するまでもなく、「オーサー・サロゲート(作者代理)」を登場させる現代小説の技法は昔からある。最近の日本文学でも、山下澄人の『しんせかい』や柴崎友香の『公園へ行かないか?火曜日に』などは、主人公に作者と同音の名前をカタカナで名乗らせている。とはいえ、『オーガ(ニ)ズム』の「阿部和重」は四十五歳の小説家で、妻は「川上」という姓を名乗り、三歳近くの男児がひとりいる。しかも某所爆破を描いた『ミステリアスセッティング』や、トキ保護センター襲撃を題材とした『ニッポニアニッポン』など自作への言及も多い。主人公=作者本人であることを何重にも念押ししているようなものだが、そういう強調があるほど、阿部和重に書かれる「阿部和重」は虚空にさまよい出ていく。

作者は「疑似ドキュメンタリー映画」の手法を意識したと言っているが、その点もふくめて本作と特に癒着が深いのは『ピストルズ』だ。Pistils(めしべ)とPistols(拳銃)。千紫万紅と咲き匂う仮構の花々のなかに、人を残酷に殺める凶器を隠しもつという、作品の本質を表すダブルミーニングの題名である。同作の舞台は、ふしぎな茸や薬草の繁る若木山(おさなぎやま)の裏手に、千二百年の系譜をもつ魔術師の菖蒲(あやめ)家が暮らしている神町。凄絶な荒行により一子相伝で受け継がれる一族の秘術とは、強力な人心操作だ。作中には、ベトナム戦争や湾岸戦争におけるアメリカ軍の洗脳、情報局による心理兵器実験なども描かれており、菖蒲家は戦後まもない一九五一年にCIAから最初のコンタクトを受けて以来、米軍部とつながっている。

この菖蒲家が『オーガ(ニ)ズム』でも大きな役割をはたす。先述のCIA部員「ラリー・タイテルバウム」が来日したのも、菖蒲家の家伝継承者の四女「みずき」の実母であり、ある放射性物質への関与を疑われた女性を調査するためなのである――こうした奇想天外な(とも限らない)物語が、「阿部和重」を主役として、実在の新聞記事なども挟み、虚実を行き来しながら綴られていく。

本作と最も繋がりの強い『ピストルズ』だが、なぜか作中では「阿部和重」の小説としては描かれず、ある作家インタビューの文書がパソコンから流出した設定になっている。なんでも、作中の「阿部和重」は「(その文書を)読破した者が世界に何人いるかはさだかでないが、そのうちのひとりがこの私である」そうで、書き手から読み手に回っている。本作が虚実の境をまたぎ、メタ構造による位相のゆがみをもろに被るのはこうした箇所である。『オーガ(ニ)ズム』と『ピストルズ』はどちらがどちらを内包しているのか、どちらが内側で外側なのかわからない。現実と虚構の境が瓦解するのは、初期作『インディヴィジュアル・プロジェクション』から続くアプローチでもある。

また、『オーガ(ニ)ズム』は部分的に日英の“バイリンガル小説”だが、言語も強いフィクション性を帯びる。「阿部」と話すラリーの日本語がいたく流暢なので、もしやふたりは英語で話していて、そこに日本語訳を“吹替え”のように充てている設定なのかと一瞬思ったぐらいだが、そうではない。しかし言葉の不理解や言語的なたどたどしさを示すカタカナ日本語が、わずか数箇所出てくる。ここなどは見落とせないだろう。

「わたしと阿部さんは、この一カ月ほどでトモダチになれたと思っていました」と、ラリーが言うと、「阿部」は反論する。「……友だちっていう割には、信用できないところが多すぎだわあんた。<中略>そもそも友だちってもっと対等な関係のはずですよ」

「阿部さんとわたしは、対等な関係ではありませんか?」<中略>

「……要求に応えるのはこっちだけでその逆は期待できないような非対称性についてはどう思いますか……」<中略>

「……阿部さんやご家族の安全と安心を保障することですよ。わたしの仕事はそのためにあるのです……」

アメリカ人と日本人が交わすこうした会話に唐突にカタカナで出てくる「トモダチ」は、米軍の「トモダチ作戦」を想起させずにはいない。阿部和重はつねに巨大なvoid(虚空・真空)に身をおきながら、虚構の強靱な力でリアルと切り結ぼうとしているのだ。
オーガ(ニ)ズム / 阿部 和重
オーガ(ニ)ズム
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(861ページ)
  • 発売日:2019-09-26
  • ISBN-10:4163910972
  • ISBN-13:978-4163910970
内容紹介:
ある夜、阿部和重邸に、アメリカから瀕死の諜報部員が転がり込んだ。時空を超えた壮大な旅が始まる。日米を股にかけた大巨編の誕生。

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毎日新聞 2020年1月5日

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