書評

『インディヴィジュアル・プロジェクション』(新潮社)

  • 2017/11/06
インディヴィジュアル・プロジェクション / 阿部 和重
インディヴィジュアル・プロジェクション
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(206ページ)
  • 発売日:2000-06-28
  • ISBN-10:4101377219
  • ISBN-13:978-4101377216
内容紹介:
渋谷・公園通り。風俗最先端の街に通う映写技師オヌマには、5年間にわたるスパイ私塾訓練生の過去があった。一人暮しをつづけるオヌマは、暴力沙汰にかかわるうち、圧縮爆破加工を施されたプルトニウムをめぐるトラブルに巻き込まれていく。ヤクザや旧同志との苛烈な心理戦。映画フィルムに仕掛けられた暗号。騙しあいと錯乱。ハードな文体。現代文学の臨界点を超えた長編小説。
インディヴィジュアルは「個人的な」という意味でいいとしても、プロジェクションには様々な意味がある。「計画」であると同時に、心理学の世界では「主観の客観化」を意味し、また映画用語としては映像技師のことをプロジェクショニストというくらいだから「映写」という意味になる。そして、本書の語り部オヌマはまさしく映写技師であり、物語はオヌマの日記(つまり主観を客観化するための装置)という形で進行していくのだ。なかなか凝ったタイトルではないか。そして、ストーリーもまた。

映画学校の卒業制作のため、仲間と共に高踏塾というスパイを養成する私塾を取材したオヌマ。しかし、オヌマたちはやがて当初の目的から離れて、塾生として訓練を受けるようになる。その後、ある事件をきっかけに塾を出て、渋谷の古い映画館で映写技師の職を得たオヌマだが、塾での訓練を忘れず、いつでも戦闘可能状態にある。というのも、彼とその仲間は塾生時代にプルトニウムに関する謎を共有しており、いつそれをめぐって重大かつ深刻な事件が起こるかわからないからだ。やがて、オヌマの身にも危機的状況が訪れ――。

が、物語の後半に至って突然世界に歪みが生じるのである。語り部であるオヌマの現実認識と、彼の外部にあるリアルにどうもズレが生じているようなのだ。とすると、この日記の信憑性自体が疑わしいものに思われ、読者は現実(あるいは真実)と信じきっていた世界が実は虚構だったのかもしれないという目眩(めまい)にも似た感覚に襲われる。しかし、その目眩にも似た感覚こそが、わたしや、多分あなたも折にふれては感じている、情報過多によって生じる何が本当で何がウソなのか判然としないといった認識の揺らぎそのものを示唆してはいないだろうか。

と同時に、暴力的な現実がオヌマの正常な思考能力に齟齬(そご)を与えたのだとすれば、この小説はまさしく現代という時代に膿(う)む病根そのものを照射した作品ですらあるといえる(そういえばプロジェクションには「投影画」という意味も)。これほどまでにニッポンの現在と真っ直ぐ向き合い、しかも現代文学にとって必要不可欠な仕掛けを凝らした作品が近年あったろうか。若い世代にとりわけ読んでもらいたい一冊だ。自分が日々感じているやり場のない苛立ちの意味がわかるはずだから。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

インディヴィジュアル・プロジェクション / 阿部 和重
インディヴィジュアル・プロジェクション
  • 著者:阿部 和重
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(206ページ)
  • 発売日:2000-06-28
  • ISBN-10:4101377219
  • ISBN-13:978-4101377216
内容紹介:
渋谷・公園通り。風俗最先端の街に通う映写技師オヌマには、5年間にわたるスパイ私塾訓練生の過去があった。一人暮しをつづけるオヌマは、暴力沙汰にかかわるうち、圧縮爆破加工を施されたプルトニウムをめぐるトラブルに巻き込まれていく。ヤクザや旧同志との苛烈な心理戦。映画フィルムに仕掛けられた暗号。騙しあいと錯乱。ハードな文体。現代文学の臨界点を超えた長編小説。

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初出メディア

チッタ(終刊)

チッタ(終刊) 1997年10月

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