書評
『なつかしい芸人たち』(新潮社)
『クラッシィ』(この文章が掲載された女性誌)の読者はこういう本に興味がないのはよーくわかっているんだけれど、私はこういう本が若いころからずうっと好きなので、百人中一人くらいは私と同じ趣味の人もいるだろうと思って、書いてしまう。
これは八九年四月、六十歳で亡くなった作家・色川武大さんが『銀座百点』というPR誌にずうっと連載していた芸人論を一冊にまとめたもの(新潮社)。何しろ色川武大さんという人は小学生のころから浅草(戦前昭和にはここが芸能最前線の場所だった)の映画館や演芸場に入りびたり、バクチをしていたというスジガネ入りの「不良」なので、こうして一冊にまとまったものを読むと、そのまんま「昭和芸人史」というものになってしまう。
四十人以上の芸人たちの芸やパーソナリティがスケッチされているが、今の若い人でも知っているのは、森繁久彌、タモリ、トニー谷、くらいのものだろうか。
ほんとうは私だって、ここに描かれている芸人たちの大半は知らない。本やビデオで死後、名前と顔くらいを知っているだけで、同時代的には知らない人ばかりだ。
それなのに『銀座百点』連載中から、私は色川さんのこの芸人論をとても楽しみにして読んでいた。芸(とくに“お笑い”)に取り憑かれた人間の姿というのが、私には面白くてたまらない。彼らの心の歪みや偏りや肥大が、なんだかヒトゴトではなく、どこか私自身と重なっているように思う。ここに描き出されているのは、芸に取り憑かれた、一種のバカばっかりなのだが、私は偉人伝の何倍も、バカの伝記にシミジミとした感動を受ける。
私は本やビデオで知っていただけだが、「アノネのオッサン」高瀬実乗というコメディアンと、古いアメリカ映画の中によく出てくるピーター・ローレという俳優にとても惹かれていた。一目見ただけでなんだか胸かきむしられるような、懐かしいような、「他人じゃないっ!!」みたいな気持だった。
色川さんもこの二人に私と同じような気持を抱いていたらしい。高瀬実乗のことを「かりにも役者で、このくらい人間を演じないで、架空の存在に徹した人は珍しい」と言い、いつか小説化したいと書いている。結局、この夢は実現できなかったわけだ。また、ピーター・ローレのことは「なんだか可愛くて、ヴィヴィッドで、そうして社会のどこにも居場所がないという感じが、(子供なのに)すっと理解できた」と言い、大人になったら彼のような顔になりたいと書いている。こちらの夢はみごと実現したわけだ。私は色川さんの凄くてかわいい顔が好きだった。
「アナーキーな芸人」というタイトルのトニー谷論もすばらしい。「誰にも愛されずに生きた芸人、という独特の一生を貫いた人物として、拍手を送りたいと思う」という最後の一行に、私は思わず鼻がツンとしてしまった。なかなか、こういうこと書けないものです。人間の見方が、私なんかよりもう一回りも二回りも大きくて、深い。
【この書評が収録されている書籍】
これは八九年四月、六十歳で亡くなった作家・色川武大さんが『銀座百点』というPR誌にずうっと連載していた芸人論を一冊にまとめたもの(新潮社)。何しろ色川武大さんという人は小学生のころから浅草(戦前昭和にはここが芸能最前線の場所だった)の映画館や演芸場に入りびたり、バクチをしていたというスジガネ入りの「不良」なので、こうして一冊にまとまったものを読むと、そのまんま「昭和芸人史」というものになってしまう。
四十人以上の芸人たちの芸やパーソナリティがスケッチされているが、今の若い人でも知っているのは、森繁久彌、タモリ、トニー谷、くらいのものだろうか。
ほんとうは私だって、ここに描かれている芸人たちの大半は知らない。本やビデオで死後、名前と顔くらいを知っているだけで、同時代的には知らない人ばかりだ。
それなのに『銀座百点』連載中から、私は色川さんのこの芸人論をとても楽しみにして読んでいた。芸(とくに“お笑い”)に取り憑かれた人間の姿というのが、私には面白くてたまらない。彼らの心の歪みや偏りや肥大が、なんだかヒトゴトではなく、どこか私自身と重なっているように思う。ここに描き出されているのは、芸に取り憑かれた、一種のバカばっかりなのだが、私は偉人伝の何倍も、バカの伝記にシミジミとした感動を受ける。
私は本やビデオで知っていただけだが、「アノネのオッサン」高瀬実乗というコメディアンと、古いアメリカ映画の中によく出てくるピーター・ローレという俳優にとても惹かれていた。一目見ただけでなんだか胸かきむしられるような、懐かしいような、「他人じゃないっ!!」みたいな気持だった。
色川さんもこの二人に私と同じような気持を抱いていたらしい。高瀬実乗のことを「かりにも役者で、このくらい人間を演じないで、架空の存在に徹した人は珍しい」と言い、いつか小説化したいと書いている。結局、この夢は実現できなかったわけだ。また、ピーター・ローレのことは「なんだか可愛くて、ヴィヴィッドで、そうして社会のどこにも居場所がないという感じが、(子供なのに)すっと理解できた」と言い、大人になったら彼のような顔になりたいと書いている。こちらの夢はみごと実現したわけだ。私は色川さんの凄くてかわいい顔が好きだった。
「アナーキーな芸人」というタイトルのトニー谷論もすばらしい。「誰にも愛されずに生きた芸人、という独特の一生を貫いた人物として、拍手を送りたいと思う」という最後の一行に、私は思わず鼻がツンとしてしまった。なかなか、こういうこと書けないものです。人間の見方が、私なんかよりもう一回りも二回りも大きくて、深い。
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