書評

『ポリティコン』(文藝春秋)

  • 2017/07/04
ポリティコン 上 / 桐野 夏生
ポリティコン 上
  • 著者:桐野 夏生
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(448ページ)
  • 発売日:2011-02-15
  • ISBN-10:4163299009
  • ISBN-13:978-4163299006

ヒッピー型ユートピア、残酷な筆

桐野夏生のすごさは、古典的なスタイルを取り入れながら現代と密に切り結んで、既存のジャンルを「えいやっ」と投げ飛ばしてしまうことだ。『東京島』ではロビンソン・クルーソーに始まる「孤島漂着もの」というジャンルを背負い投げ。『女神記』では「神話文学」を、『ナニカアル』では「評伝小説」の足をみごとに払った。

東京島  / 桐野 夏生
東京島
  • 著者:桐野 夏生
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(372ページ)
  • 発売日:2010-04-24
  • ISBN-10:4101306362
  • ISBN-13:978-4101306360
内容紹介:
清子は、暴風雨により、孤島に流れついた。夫との酔狂な世界一周クルーズの最中のこと。その後、日本の若者、謎めいた中国人が漂着する。三十一人、その全てが男だ。救出の見込みは依然なく、夫・隆も喪った。だが、たったひとりの女には違いない。求められ争われ、清子は女王の悦びに震える-。東京島と名づけられた小宇宙に産み落とされた、新たな創世紀。谷崎潤一郎賞受賞作。

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女神記  / 桐野 夏生
女神記
  • 著者:桐野 夏生
  • 出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 装丁:文庫(267ページ)
  • 発売日:2011-11-25
  • ISBN-10:4041000203
  • ISBN-13:978-4041000205
内容紹介:
遙か南の島、巫女の家に生まれた姉妹。六歳の誕生日、姉は家族から引き離された。大巫女となり、跡継ぎの娘を産むのだ。やがて姉のもとに食事を届けることが妹の役目に。-ひもじくても、けして… もっと読む
遙か南の島、巫女の家に生まれた姉妹。六歳の誕生日、姉は家族から引き離された。大巫女となり、跡継ぎの娘を産むのだ。やがて姉のもとに食事を届けることが妹の役目に。-ひもじくても、けして食べてはならない。-だが島の男と恋に落ちた妹は、禁忌を破り、聖域に足を踏み入れてしまう。激しい求愛の果て、地下に堕ちた妹が出逢ったのは、愛の怨みに囚われた女神・イザナミだった。性と死の神話を、現代に編み直す。

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ナニカアル / 桐野 夏生
ナニカアル
  • 著者:桐野 夏生
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(589ページ)
  • 発売日:2012-10-29
  • ISBN-10:4101306370
  • ISBN-13:978-4101306377
内容紹介:
昭和十七年、林芙美子は偽装病院船で南方へ向かった。陸軍の嘱託として文章で戦意高揚に努めよ、という命を受けて、ようやく辿り着いたボルネオ島で、新聞記者・斎藤謙太郎と再会する。年下の愛人との逢瀬に心を熱くする芙美子。だが、ここは楽園などではなかった-。戦争に翻弄される女流作家の生を狂おしく描く、桐野夏生の新たな代表作。島清恋愛文学賞、読売文学賞受賞。

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『ポリティコン』が取り入れたのは、昨今ちょっとしたブームの反ユートピア小説だ。アリストテレスは人間を「ゾーオン・ポリティコン(社会的動物)」と呼び、ポリス(都市国家)の活動に参加する者をシチズン(市民)とした。本書の舞台「唯腕(いわん)村」も正式に入村するには一定の条件を満たし、村に奉仕する必要がある。しかし農業共同体を基盤としたこの寒村は途中から、ギリシャ(語)起源のユートピアとは反対の方向に変容した。そう、ヒッピー・コミューンが花開き、アートや演劇を最重要視する開放的な理想郷となったのだ。トマス・モア型理想郷の未来はディストピア文学で散々書かれてきたが、こうしたヒッピー型理想郷の行く末を徹底して追った小説はあったろうか。

作者はそこに、現代の過疎化・高齢化問題を容赦なく継ぎあわせる。自由と博愛を謳歌(おうか)したコミューンも寄る年波には勝てず、密(ひそ)かに醜い内部抗争が起き、農畜の手を補うため、養育遺棄児やホームレス、嫁ぎ先から逃げてきたアジア人妻らを入村させる。ここに脱北者とその支援組織が絡む。村が養える人数は決まっており、年寄りは足手まとい。無償の愛を旨とする村に、いつしか姥(うば)捨てのような発想が生まれる。そして権力を暴走させるのは常に性と金への欲望だ。入村した美少女に向ける若い理事長の凶暴なまでの愛情。いんちきすれすれの有機農法や観光事業。それに群がる商売人たち。理事長の財産の私物化。ミニチュアの独裁国家はいまにも転覆しそうになりながら、成功の階段を昇(のぼ)っていく。

今回も桐野夏生の筆は残酷で、どこまでも俗を描きながら超然としている。なんとも恐ろしい書き手である。
ポリティコン 上 / 桐野 夏生
ポリティコン 上
  • 著者:桐野 夏生
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(448ページ)
  • 発売日:2011-02-15
  • ISBN-10:4163299009
  • ISBN-13:978-4163299006

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2011年03月06日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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