書評
『I'm sorry, mama.』(集英社)
今、女性性の中にひそむ”怪物”を描かせて、桐野夏生の右に並ぶ作家といえば笙野頼子くらいしか思いつかない。そのくらい傑出した存在なのだ。児童福祉施設で育ったアイ子を主人公にしたこの小説でも、『OUT』『柔らかな頬』『グロテスク』などの既作でお馴染みの、対象を突き放す透徹した視線をもって、女の怖ろしさ、気味の悪さ、図太さ、計算高さといった、目をそらしたい、自分の中に認めたくないと願っている負の要素を、これでもかと暴きたてるのである。
冒頭、アイ子登場のエピソードからして凄まじい。結婚二〇周年の食事に焼肉屋に出かける門田夫妻、という何てことのない始まりの光景に気を許してはいけない。この夫婦、なんと二五歳も年が離れているのだ。出会いは妻・美佐子が働いていた児童福祉施設。夫・稔はその園生だったのである。おまけにこの夫婦、何だか少し様子がおかしい。稔の美佐子への甘えようが尋常ではないのだ。まさに母子プレイ。このいびつなカップルが焼肉屋で、お運びの仕事をしているかつて園生だったアイ子に再会するところから、物語は走り出す。盗みはおろか殺人すら辞さない壊れた女を狂言回しに、門田夫妻に負けず劣らず奇妙な人物が多々登場。障害物を蹴散らしながら疾走するアイ子に、読者が連れていかれる先、そこで見せられる光景とは――。読んで瞠目、終わって呆然。かなりの衝撃を受けること請け合いなのだ。
ところで、この小説にはかつての桐野作品にはあまり見かけることのなかった特徴がある。それは笑い。かなり陰惨で救いのないエピソードがてんこ盛りにもかかわらず、巨漢の女偉丈夫・アイ子をはじめとする登場人物のキャラクターや言動がおかしくてたまらない。怖い、なのに爆笑。笑いながら鳥肌が立つ。相反する感情に引き裂かれながら、アイ子が次にしでかす悪行が知りたくてページを繰る手が止まらない。桐野夏生にこれほど捻(ねじ)れたユーモアセンスがあったとは! これまで桐野作品を「重くて」と敬遠していた方にも強力推薦したい、新境地を示す奇妙な味のピカレスクロマンなのだ。
【この書評が収録されている書籍】
冒頭、アイ子登場のエピソードからして凄まじい。結婚二〇周年の食事に焼肉屋に出かける門田夫妻、という何てことのない始まりの光景に気を許してはいけない。この夫婦、なんと二五歳も年が離れているのだ。出会いは妻・美佐子が働いていた児童福祉施設。夫・稔はその園生だったのである。おまけにこの夫婦、何だか少し様子がおかしい。稔の美佐子への甘えようが尋常ではないのだ。まさに母子プレイ。このいびつなカップルが焼肉屋で、お運びの仕事をしているかつて園生だったアイ子に再会するところから、物語は走り出す。盗みはおろか殺人すら辞さない壊れた女を狂言回しに、門田夫妻に負けず劣らず奇妙な人物が多々登場。障害物を蹴散らしながら疾走するアイ子に、読者が連れていかれる先、そこで見せられる光景とは――。読んで瞠目、終わって呆然。かなりの衝撃を受けること請け合いなのだ。
ところで、この小説にはかつての桐野作品にはあまり見かけることのなかった特徴がある。それは笑い。かなり陰惨で救いのないエピソードがてんこ盛りにもかかわらず、巨漢の女偉丈夫・アイ子をはじめとする登場人物のキャラクターや言動がおかしくてたまらない。怖い、なのに爆笑。笑いながら鳥肌が立つ。相反する感情に引き裂かれながら、アイ子が次にしでかす悪行が知りたくてページを繰る手が止まらない。桐野夏生にこれほど捻(ねじ)れたユーモアセンスがあったとは! これまで桐野作品を「重くて」と敬遠していた方にも強力推薦したい、新境地を示す奇妙な味のピカレスクロマンなのだ。
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