書評

『前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義』(東京大学出版会)

  • 2019/11/29
前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義 / 西野 嘉章
前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義
  • 著者:西野 嘉章
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(956ページ)
  • 発売日:2019-09-25
  • ISBN-10:4130802208
  • ISBN-13:978-4130802208
内容紹介:
わずか20年あまりの光芒であった戦前日本の前衛芸術.鷗外の未来派紹介からプロレタリア美術の弾圧まで,一瞬の,しかし世界とも連動した運動のすべてを,彼らが残した機関誌・同人誌,チラシやパンフレットなどの「エフェメラ」から再現し,日本の前衛芸術運動の様相を明らかにする.貴重なカラー図版を多数収録した姉妹編[外国編]と同様の函入美麗豪華本.
1910年代から約20年間に渡って世界的な広がりを見せた前衛芸術運動。本書『前衛誌』は残された機関誌や同人誌、チラシやパンフレットなどからその全体像を再構築しようとした一大プロジェクトの成果であり、2016年に刊行された「海外編」に続き、9月に刊行された「日本編」で完結を見ました。その内容もさることながら、装釘やデザインにも造詣の深い著者の西野嘉章氏と、関岡裕之氏によるブックデザインはひときわ目を引くものとなっています。雑誌「nyx」(堀之内出版)のブックデザインや、「くろかね」などのフォントデザインでも活躍するグラフィックデザイナーの大崎善治氏に、西野デザインの魅力を語る書評を執筆していただきました。

注がれる一貫した美意識―西野嘉章ブックデザインの魅力―

私は今、フリーでブックデザインやタイプデザインを生業にしています。この仕事をするきっかけになったのは十代の終わり頃に、数年間でしたが書店員をしたことです。小さい頃から本が好きだったという理由で選んだ仕事でしたが、アルバイトで来ていた方にデザイン系の専門学校に通っている方がいたこともあって、いつしかモノとしての本の姿にも強く関心を持つようになりました。取次からくる荷物を誰よりも先に開け、出来上がったばかりの新刊の表情や質感、匂いに胸を躍らせながら仕分け作業をしていたことを今でもよく覚えています。本をつくる仕事にあこがれて書店をやめ、その後いきなり現場に。運よく写真植字(写植)のオペレータの職に就き、それから今に至るという次第です。いずれも本との縁があったからこそ。今回のこちらでのご縁もきっとそのひとつなのでしょう。まずはお礼申しあげます。

さて、唐突ですが、西野嘉章さんの手がける本が好きです。なんだか告白のようになってしまい恐縮ですが、先生の関わった本を手に取るたびに、それは確かなものになっていきます。ここでいう「本が好き」という表現には西野先生の研究フィールドであります博物学や書誌学、美術史への関心というのも大いにあるのですが、それと同じくらい「本の佇まいが好き」という意味も多分にあります。

先生のお名前を知ったのは写植のオペレータをしていた頃です。文字そのものや活字組版といったものに関心を向ける中でいろいろな本を手にしていたのですが、その中で出会った『歴史の文字 記載・活字・活版』という展覧会の図録が最初の出会いでした。実体をともなう文字についてのあれこれが収録されている内容もさることながら、本としてそのやわらかな質感や黒紙に黒の浮き出しが施されたカバーに角丸の本文、と控えめでありながらなんて存在感のあるつくりと惚れぼれしました。仕事柄、様々な表現に関心を寄せる日々を送っておりますが、先生の本がみせる仕立ては特別。私自身、もともと活字と罫線を主体としたタイポグラフィ表現や視覚詩に惹かれているということもあり、先生の仕立てには常に心を奪われております。『装釘考』『プロパガンダ1904-45』『チェコ・アヴァンギャルド』『西洋美術書誌考』『インターメディアテク』そして『村上善男』などなど…。いずれも広く流通する本と一線を画す「主張」と「強さ」を持った装釘・造本に唸るばかりです。

そんな西野先生の新しい本が目の前にあります。『前衛誌― 未来派・ダダ・構成主義』。二十世紀初頭に起こった前衛芸術の激しくも短い流れの様子を、牽引した彼らが残した出版物や印刷物を軸にまとめ上げられたアヴァンギャルドな大環を知ることのできる大いなる書物です。外国編と日本編のふたつからなり、さらにそれぞれが論文編と図版編との二分冊函入という設計になっています。活動時代ごとに世界と日本が響き合う形でまとめられ、そのときにつくられた貴重な印刷物の姿がふんだんに収められており、この時代のブックデザインやグラフィックデザインを知る上で、この上ないものであることはいうまでもありません。外国編が二〇一六年に刊行され、そして今年日本編が刊行されました。無意識下の意識の体現、まさにその時代を閉じ込めた完全無比な書物です。目を見張るいくつもの仕立てに興奮をかくせませんが、手元にある[日本編]からその一端にふれてみたいと思います。

まずは外装です。函入装は今では高価な本のときに使われる仕立てですが、内容の抱える明治末期から大正時代は本そのものが貴重で、保護する意味でも多く見られたと推察でき、まずはそんな背景に思いをめぐらせます。にしてもA4変型の大きさで二分冊の函入、表裏に配された円と四角はこの世界・宇宙そのものではと思うほどに迫ってきます。また函・表紙ともにボール紙を思わせるような質感のグレーの紙が使われており、これも函同様、同時期に多用されていたと聞くボール紙製本というものを意識しているのかなと思えます。そしてその製本がまた特殊で、一見すると角背上製本のホローバック仕立てに見えますが上製本特有のチリはなく、三方(天・地・小口)が本文の仕上がりにあわせてスパッと落とされており、表紙下の芯材がチラリと見える形になっているので、これは角背上製本の三方断ちというべきなのかなと思いつつも、似たようなものに厚いボール紙を表紙に貼って仕立てるドイツ装というのがあり、そちらを元に上製本のように加工したのかともとれます。いずれにせよ、堅牢でもあり軽さもあるという印象です。その表紙下のチラリと見える芯材ですが、なんともにくい演出といいましょうか、種類の違う紙を一枚に合紙(複数の紙を貼り合わせて一枚の紙にする技術)して仕立てておられ、その色味はグレー/濃緑/淡緑/濃緑/グレーという具合になっています。そして濃緑の色が函や表紙に直線的に配置されているタイトル群と呼応しており、三方から覗く芯材の見え方と相まって全体として構成主義・モダンタイポグラフィのような様相になっています。加えて背に入っている「壱」「弐」(外国編では「1」「2」)という力強い巻数表記もまたなんともいえません。

次に中へ目を転じてみますと、まずは開いてから目次にいたるまでのゆったりとしたページ取りに気持ちは徐々に高まります。そしていざ本文、誌面中央にほぼ正方形に見えるようにおかれた組版の姿が目に入ります。活字の大きさは12級(8ポイント)くらいでしょうか。サイズの割にはやや黒味の強い明朝体で、小さくてもしっかり読めるようにと考えられたものか、もしかしたら使っている紙の質感も含めて収録されている印刷物に見られるような活字組版特有の定着姿を意識しているのかと想像をめぐらせてしまいます。文章の組版が正方形のようになっていることで誌面の上下にはたっぷりとした余白がうまれていますが、そこにもまた魅力的な仕掛けが施されています。それは図版への誘いの仕立てです。先生編著の本の特徴のひとつにたくさんの図版が収録されているというのがあります。本文を読む際、文中で示された図版もあわせて見ていく訳ですが、その表記を余白の中に本文と切りはなして置くことで、図版のリンクをわかりやすく導いてくれているのです。これはまさに膨大な収集物を持つ「驚異の部屋」におられる先生ならではの図版と読者双方への配慮なのではないかと思えてなりません。誌面に打ち込まれたかのような太い罫線も、強調・境界・道筋とその時々で様々な意思を持った姿に変化しており…と、見惚れる点をあげればきりがなく、まさに「前衛」という名に相応しい設計だと思います。

本づくりにまだまだ未熟な私が言うのはなんともおこがましい限りですが、本とは「内外が渾然一体となって現れる構造物」だと考えています。本の主役は内容だとは思いつつも、それを視覚的・触覚的に落とし込む設計とがうまく合致してこそ、その本のまとうべき姿が立ち上がると思うのです。内容の醸す雰囲気とそれらが抱える背景に気を配った各所の設計のこだわり。普段の私自身の仕事でそれがしっかりできているかといえばなかなか耳が痛いところではありますが、先生の本はそれらが見事に機能し共鳴していると思います。ともに仕事をされるデザイナーの方はその時々で違えども、本づくりに注がれる一貫した装釘への美意識。これからも先生の本を追いかけずにはいられません。

[書き手]大崎善治(グラフィックデザイナー)
前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義 / 西野 嘉章
前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義
  • 著者:西野 嘉章
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(956ページ)
  • 発売日:2019-09-25
  • ISBN-10:4130802208
  • ISBN-13:978-4130802208
内容紹介:
わずか20年あまりの光芒であった戦前日本の前衛芸術.鷗外の未来派紹介からプロレタリア美術の弾圧まで,一瞬の,しかし世界とも連動した運動のすべてを,彼らが残した機関誌・同人誌,チラシやパンフレットなどの「エフェメラ」から再現し,日本の前衛芸術運動の様相を明らかにする.貴重なカラー図版を多数収録した姉妹編[外国編]と同様の函入美麗豪華本.

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初出メディア

パブリッシャーズ・レビュー

パブリッシャーズ・レビュー 2019年11月

「パブリッシャーズ・レビュー」は、東京大学出版会(5・11月)、白水社(1・4・7・10月)、みすず書房(3・6・9・12月)の三社が、各月15日に発行するタブロイド版出版情報紙(無料)です。

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