書評
『フランソワ一世 フランス・ルネサンスの王』(国書刊行会)
空白埋める傑作評伝
大航海時代(もっとも鄭和(ていわ)艦隊に比べれば小航海に過ぎない)の16世紀前半のヨーロッパは、個性豊かな君主たちがひしめきあっていた。ヘンリー8世、カール5世、フランソワ1世の三つ巴の争い、それにスレイマン大帝やメディチ家のレオ10世が絡む。役者を一瞥(いちべつ)しただけでも面白くない訳がない。ところが、この豪華絢爛たる顔ぶれの中で、何故かフランソワ1世について書かれたものは少なかった。そのミッシングリンクを埋める傑作が現れた。本書は3部構成を採っている。誕生から即位までの21年。母親ルイーズと姉(エプタメロンを書いたマルグリット)に溺愛され甘やかされた若者。次が即位からカンブレーの和平までの14年。カール5世との宿命の戦いが始まる。運命の悪戯で、フランソワはパヴィアの戦いでカールの捕虜になる。和平に漕ぎ着けたのは、ルイーズとカールの叔母のおかげだった。男たちの盲目よ! 最後は死までの18年。レオナルド・ダ・ビンチを招聘し(おかげでフランスはモナリザを得た)、フォンテーヌブローの森に惹かれたルネサンスの王。しかし、カールとの争いは止まない。フランソワはスレイマンと結んで対抗するのだが。
500ページが何故一気に読めるのか。第一は、文章の躍動だ。「フランソワには、最良の協力者を失う才能がある。しかも、それがいちばん必要なときにだ!」。第二に、ヘンリーとフランソワのレスリングや、マドリードの牢獄(ろうごく)でのカールとフランソワの泣きながらの抱擁など興趣あふれるエピソードに事欠かない。それでいて、大局観を失うことがない。争いの元は領土。カールは、過去への執着(同名の曽祖父の本貫地ブルゴーニュ)と人間心理の洞察力の欠如によって全てを失うが、同様にフランソワのミラノ執着も曽祖母に由来するのだ。フランソワは欠点だらけだが、活力旺盛な「上機嫌の王」だった。だからフランスはフランソワを愛したのである。辻谷泰志訳。
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