書評
『神よ、あの子を守りたまえ』(早川書房)
重い主題を熱い迫力で
アメリカ合衆国の黒人作家で唯一のノーベル文学賞受賞者であるトニ・モリスンが八十四歳で書きあげた最新作は、白人としても通用するような肌の色の女性が、真っ黒な赤ん坊を出産するところから始まる(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2017年)。黒人社会の中にある肌の色の明暗をめぐる差別の構造はモリスンの重要テーマだが、ここでも父親はその子を認知するのを拒んで去り、母親もその子に手を触れるのを嫌がり、必要以上に厳しく育てることになった。その結果、主人公の少女は母親に褒めてもらいたい、手をつないでもらいたい一心で重大な過ちを犯してしまう。この事件の記憶がこの作品を引っぱっていくものだ。しかしこの一件を機に彼女は自信をつけ、大人になると、漆黒の肌を自分の魅力として利用することができるようになって、職業的にも男女関係においても成功をおさめていく。これだけでも十分に話としては重たいが、さらにここでは、どの登場人物も不幸な親子関係の中で育っただけでなく、子供時代に性的虐待や性犯罪となんらかのかたちで遭遇していて、その傷と格闘し続けている。主人公の恋人となる男が彼女に対して不可解な行動に出るのも、分身のような存在だった兄が十歳のときに性犯罪者に殺されているからだ。作者の中で社会の病理はそれほどまでに深刻のようだ。
困難なテーマが作者をも大いに苦しめたことは、けっしてバランスのよくない小説の形式にもあらわれている。うまく生かされていない細部もある。しかし、この重厚な主題をどう決着させるのか、その熱い迫力に引っぱられて途中で放り出すことはできなかった。予想以上に幸福な結末にはホッとする。どうか彼女に力を貸してやってくれ、と作者とともに願わずにいられない。どれほど経験豊かな書き手にとっても、新しい作品は毎回困難な冒険なのだということをあらためて思わされ、その点でも勇気づけられる一作である。大社淑子訳。
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