書評

『ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学』(中央公論新社)

  • 2022/11/07
ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学 / 藤井 光
ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学
  • 著者:藤井 光
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(265ページ)
  • 発売日:2016-03-09
  • ISBN-10:4120048330
  • ISBN-13:978-4120048333
内容紹介:
アメリカ文学は、ようやく「偉大なるアメリカ」を語らない、ただの文学になった――移民が増え人口構成が変化し、価値観がゆさぶられるような出来事の連続する現代アメリカで、社会を映す文学は… もっと読む
アメリカ文学は、ようやく「偉大なるアメリカ」を語らない、ただの文学になった――移民が増え人口構成が変化し、価値観がゆさぶられるような出来事の連続する現代アメリカで、社会を映す文学はどう変わっているのか。

独自の感覚で今現在の文学を注視する気鋭の翻訳家が、「文学史」ではまだ語られない90年代以降のアメリカ文学やその周辺の変化を、真摯にときにユーモラスにつづる。

(目次より)
I
「国際線ターミナル」にて
イシグロで焦り、アメリカを感じる
作家から見て最も「ブラック」な職業とは何か?
大陸横断文学の今昔
彼らと僕のベスト3
翻訳家のなりたち1 のたうち回ったり、咆哮するわけではなく

II
自称カリスマ翻訳教師、奇想の挑戦を受けて立つ
永遠のライバル?
それは外からやってきた――新世紀の英語とその翻訳
国境なき物語団 日米編
翻訳家のなりたち2 「あれ」はどこに行ったのか?

III
伯父さんと戦争
荒れ地に出会う人々

21世紀米文学の困難

最近の「アメリカ文学」の動向に注目してこなかった読者は、著者がこの本の中で描き出してみせる二十一世紀の「アメリカ文学」の様相に驚きを禁じえないだろう。何より、そこで主役となっている作家たちが、中南米やバルカン半島、アジア、旧ソ連などアメリカ合衆国以外の場所で生まれて、それぞれの故郷の「荒れ地」化した現実を逃れて移り住んできた人たちだからだ。しかも、先行する世代の移民の作者たちが、それぞれの民族性を背景にした移民の物語をそれぞれの母語を想像力の中心にすえて書いていたのに対して、現代の作者たちは、その移民性の呪縛からも解き放たれ、第二、第三言語として身につけた英語の中に「違和感」を持ちこみつつ、どことも定義できない幻想的な「荒れ地」世界を描き出しているのが特徴だという。

アメリカ合衆国じたいがもはや希望に満ちあふれた国として誰にもとらえることができなくなっていることもあり、こうして二十一世紀のアメリカ文学は、アメリカの夢や希望、失望をリアリズム的に描き出すという文学的使命から初めて解き放たれたのだとわかってくる。

一方で当然、このような作家たちの書くものを「アメリカ文学」と呼ぶのが適切なのかという疑問も生じるわけで、国家名を冠して文学を国別にとらえる考え方がすでに世界の実情に合わなくなっていることは間違いない。人のアイデンティティすらが国単位で分かれるものでなくなっていることを著者も述べるのだが、そのような現実の中で、それでもなおも「アメリカ文学」という呼び方を使わざるをえない「アメリカ文学者」の困難も浮き彫りになってくる。英語で書かれてアメリカ合衆国で出版された作品であればどれでも「アメリカ文学」に包摂して扱うのは、やはり文化的・学問的な帝国主義でもあると考えてしまうのは、僕が「もうひとつのアメリカ」(ラテンアメリカ)を専門分野としているからだろうか。
ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学 / 藤井 光
ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学
  • 著者:藤井 光
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(265ページ)
  • 発売日:2016-03-09
  • ISBN-10:4120048330
  • ISBN-13:978-4120048333
内容紹介:
アメリカ文学は、ようやく「偉大なるアメリカ」を語らない、ただの文学になった――移民が増え人口構成が変化し、価値観がゆさぶられるような出来事の連続する現代アメリカで、社会を映す文学は… もっと読む
アメリカ文学は、ようやく「偉大なるアメリカ」を語らない、ただの文学になった――移民が増え人口構成が変化し、価値観がゆさぶられるような出来事の連続する現代アメリカで、社会を映す文学はどう変わっているのか。

独自の感覚で今現在の文学を注視する気鋭の翻訳家が、「文学史」ではまだ語られない90年代以降のアメリカ文学やその周辺の変化を、真摯にときにユーモラスにつづる。

(目次より)
I
「国際線ターミナル」にて
イシグロで焦り、アメリカを感じる
作家から見て最も「ブラック」な職業とは何か?
大陸横断文学の今昔
彼らと僕のベスト3
翻訳家のなりたち1 のたうち回ったり、咆哮するわけではなく

II
自称カリスマ翻訳教師、奇想の挑戦を受けて立つ
永遠のライバル?
それは外からやってきた――新世紀の英語とその翻訳
国境なき物語団 日米編
翻訳家のなりたち2 「あれ」はどこに行ったのか?

III
伯父さんと戦争
荒れ地に出会う人々

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 2016年5月15日

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