新次元の審美的抵抗
週に一回、夜の外出をするときには、たとえスニーカーであっても磨きあげて履き、一張羅のズボンやドレスにアイロンをかけて最大限に格好をつけて出かけていく??このような感覚は多くの発展途上国で当たり前のものだ。そこでは貧しくても見栄は張るべきものなのだ。この本は、そのような見栄とエレガンスの感覚を極限までつきつめた旧フランス領コンゴの男たち、「サプール」の美意識を取り上げる。格差の大きいアフリカでは金持ちが衣服に凝るのは当たり前のことだが、サプールたちが特異なのは、彼らがトタン屋根の家に暮らす労働者でありながら、ハレの一日の衣装一着に何か月分もの給料をつぎこむようなアンバランスな価値観を意識的に選択しているからだ。しかも、民族意識の強まった現代のアフリカで、彼らは民族服ではなく植民地主義の象徴ともいえる西洋服を選択した。ただし、独自の美学によって徹底的に磨き上げられて、換骨奪胎された異次元のイカした西洋服だ。サプールたちの論理はこうだ。服飾に全力を注ぐというのは国家主義や民族主義になびくことを拒否する個人主義の称揚であり、暴力と財力の支配がまかり通る世界の現状に対する審美主義の反抗である。目の前の現実はいかにも不満足なものだが、彼らは遠くを見つめるポーズをとることでそれを超越し、理想の世界を描き出してみせる。そこにパリやロンドンに対する複雑な感情があるのはまちがいないが、彼らは憧れを超えてエレガンスの観念自体を書き換えてしまった。
本書のもとになったテレビ番組が巻き起こした大反響は、テレビを持つのをやめた評者のもとにまで伝わってきた。そこまでの反響があったのは、日本でもこうした新次元の審美的抵抗の感覚が生まれているからだろう。より深く彼らを知るには先行書『サプール、ザ・ジェントルメン・オブ・バコンゴ』(青幻舎)を勧める。世界が単純ではないことを思い知らされる。