書評

『物が落ちる音』(松籟社)

  • 2022/09/02
物が落ちる音 / フアン・ガブリエル・バスケス
物が落ちる音
  • 著者:フアン・ガブリエル・バスケス
  • 翻訳:柳原 孝敦
  • 出版社:松籟社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(314ページ)
  • 発売日:2016-01-26
  • ISBN-10:487984344X
  • ISBN-13:978-4879843449
内容紹介:
コロンビア‐アメリカ合衆国間での麻薬取引を背景に、英雄に憧れたひとりのコロンビア人パイロットと、彼の妻となるアメリカ平和部隊隊員の過去を、コロンビア麻薬戦争の時代を体験した語り手が再構築する。

南米文学 本流の手法

新しい世代のスペイン語圏ラテンアメリカの作家たちは苦労してきた。一九六〇年代に登場して二十世紀後半の世界文学に計り知れない影響を及ぼしたガルシア=マルケスやバルガス=リョサら、偉大な作家たちといつも比較して語られ、国外からはラテンアメリカの作家だというだけで「魔術的リアリズム」を期待された。

こうした呪縛を逃れるために、小説というジャンルの決まり事を破壊するようなポストモダン的な手法を採用する作家が多かった中で、二十一世紀になって出てきたコロンビアの作家バスケスは、正面突破をはかった存外まれな作家だといえる。社会の大問題を文学的主題として選んで、それを小説的工夫を凝らした物語の中で展開するという、まさにラテンアメリカ文学の本流ともいえるスタイルをとったのである。

語り手の主人公は、謎めいた年長のビリヤード仲間と首都の街路を歩いている途中で突然、オートバイに乗った狙撃手に銃撃される。かろうじて命をとりとめると、彼はこの友人がいったい誰だったのか、という個人的な探索から逃れられなくなる。そして、探索を進めていくうちに、社会全体の危機と個人的な危機とが、実は微妙に重なりあったものであることが見えてくる。個人的なストーリーだと思われたものが、実はコロンビアと米国の関係の裏面史と不可分だったことがわかってきた瞬間、読者はぞっとするようなスリルに襲われるだろう。

バスケスはこの本の中で、コロンビアの政府とコカイン密売組織とが壮絶な戦いを繰り広げた一九八〇年代、九〇年代の「麻薬戦争」の前と後だけを描くことで、コロンビア社会のありようとその変容を巧みに浮かびあがらせた。

同じ作家の手になる前作、歴史と文学史のひねりが効いた『コスタグアナ秘史』(水声社)も刊行されたばかりだ。他の作品も翻訳されるらしい。これから目の離せない作家の登場である。
物が落ちる音 / フアン・ガブリエル・バスケス
物が落ちる音
  • 著者:フアン・ガブリエル・バスケス
  • 翻訳:柳原 孝敦
  • 出版社:松籟社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(314ページ)
  • 発売日:2016-01-26
  • ISBN-10:487984344X
  • ISBN-13:978-4879843449
内容紹介:
コロンビア‐アメリカ合衆国間での麻薬取引を背景に、英雄に憧れたひとりのコロンビア人パイロットと、彼の妻となるアメリカ平和部隊隊員の過去を、コロンビア麻薬戦争の時代を体験した語り手が再構築する。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 2016年3月20日

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