書評
『ニガー・ヘヴン』(未知谷)
猥雑な文化沸き立つ
一九二〇年代の米国は、都市的な黒人文化が花開いて評価され、メインストリームの中に踊り出た時代だ。この本はその渦中で書かれ、猥雑に沸き立つニューヨーク、ハーレムのナイトライフを群像劇として描き出した小説。著者は今では主に、世界中の芸術家の端正なポートレートを残した写真家として記憶されているが、ハーレム・ルネサンスのアーティストたちに惚れこんで出版界やメディアに結びつけた文化的な仕掛け人でもあった。登場するのは白人大学出身で作家志望の若者と堅実な公立図書館司書、成功して大金持ちになった元女優、妖しい「半世界の女」、ホットドッグ屋台から身を立てた大立て者、最先端のファッションに身を包んで町を流していくジゴロなど、全員が黒人ながら肌の色も経歴も多彩だから、社会階層も価値観も美意識も違う。最初の二人の恋愛が物語の前景にあるが、背景には違法賭博や黒魔術的な秘密キャバレー、禁酒法下でのおおっぴらな酒場の風俗やドラッグの密売、盛んなセックスやバイオレンスが描かれる。同時代の黒人権利回復運動家たちが言及しないでおきたかった側面があえて暴露されているわけで、それを白人の作家が書いたのだから物議をかもしたのは当然だった。
しかも著者は、黒人作家は人種問題を主題化するあまり、作品が教条主義的になってつまらないから、ぼやぼやしてると白人作家に出し抜かれるぞ、とまで作中に書きこんだ。単なる過去の文学的記録ではなく、一筋縄ではいかない複雑な面白さのある小説であり作家であるとわかってくる。刺激しあう緊張感のある民族関係こそが創造性を生むと言っているようだ。
表紙を飾る絵は、ハーレム住民の身体性を皮肉もこめて生き生きと描き出してスターとなったメキシコの才人ミゲル・コバルビアス。解説と注も充実しているが、この点でも目配りの効いた一冊と唸った。三宅美千代訳。
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