徹底的に研究して作り上げた「失敗マニュアル」
「100%成功する方法はないが、必ず失敗する方法はある。その逆を実行すれば、夢はかなうんです」――テレビやラジオ、雑誌などさまざまなメディアに登場する横浜の名物カフェ、「珈琲文明」。マスター赤澤智氏は、成功する店づくりを徹底的に研究した結果、「絶対に失敗するマニュアル」を完成させます。そのマニュアルの逆を実践し成功しているのが、「珈琲文明」です。そんな名物マスター・赤澤氏による、実話をもとにしたビジネス小説をお届けします。
ラジオ制作会社で働いてきた40代の二羽信宏と、内定先の企業で働くことに漠然とした疑問を抱いている大学生、牧野実里の2人に、赤澤氏が閉店後、特別授業を開きます。その授業で、二人はどう変わっていくのか。自分の人生に行き詰まりを感じ、環境を変えたいと思っている人たちの背中を押す一冊。先の見えない時代だからこそ、雇われず、雇わずに、自分で生きていくヒントが満載です。
赤澤さんの授業は全7回。今回は特別に、その一つをご紹介しましょう。
珈琲文明マスター赤澤智の授業「夢を現実としてとらえる」
芽生えた夢が妄想であると自覚する
夢ができた。その時に感じた、ワクワクした気持ち、未来を想像してはドキドキした記憶は私にも経験があります。最初はバンドでの成功を目指し、そして、喫茶店の店長になることを目指すと決めたときの、あの、独特の高揚感は今もはっきり覚えています。
そして、夢が芽生えたら、そこには妄想が生まれます。
やったことがないことというのは、大抵、机上の空論であることがほとんどです。
当然ですよね。やったことがないのだから。
私は10代前半からギターを手にし、楽曲制作を始めました、高校時代にはガムシャラに受験勉強に費やしたものの、大学では軽音楽部で音楽だけに邁進する時間を送っていました。ですから、バンドや作曲、歌うことについてはかなりの経験がありました。ところが、それでも、音楽業界、とりわけメジャーの世界で食べていくということについてはまるっきり想像ができていなかった、というよりは、実際に業界の中を見て初めて知ったことがたくさんあったのです。
「メジャーになる」
それが、当時のバンドのメンバー、つまり軽音楽部の仲間たち全員が一致団結して目指す道でもありました。大学を卒業してからは、それぞれ仕事を持ちながら音楽活動を続けました。私も、12年間塾講師をやりながら、音楽活動に没頭していました。
気づくと30を過ぎていました。
メジャーデビューの機会も1度ありました。
某レコード会社との契約が確実となり、レコーディングをし、アルバムのタイトルまで決めていました。しかし、現実というのは私が考えていたよりも過酷なものでした。私が契約しようとしていた会社は、社長のワンマン度が強く、こちらが何度電話してもなかなか社長に連絡がつかなかったり、オペレーターさんらは社長の指示がなければレコーディングすら始められなかったりという決まりがありました。
そして、「今売れているミュージシャンのような歌い方をしろ」と言われたときは、正直かなりショックを受けもしました。しかも「現在売れている」が条件。
とはいえ、私は、自分のことを芸術家肌の頑固者だとはまったく思っていませんでした。メジャーで音楽をやるということは、あらかた、売れ線を狙い、リスナーを意識しながらリリースを目指すというのは当然だと思っていたし、商業主義というものと音楽のクオリティの折り合いはつくと思っている方でした。
オリジナリティを出しつつもやはり売れることを考える、つまり客のことをしっかりと見据える、というのがメジャーだと必要になってきます。
これは会社員でも同じことで、少数精鋭の会社があったとして、企画部長と新卒の新入社員。ここで、企画部長の考えと違う、いや社長の考えと違うというだけで、その新入社員はそこの会社を辞めるべきかというとNOだと思います。
私が、デビュー直前で契約を破棄したのは、メジャーを諦めたのではなく、メジャーの中にもさまざまな会社があって、売り方もさまざま、バンドの扱いもさまざま。その中にあって、その会社が自分にとって、すべてを懸けてでもやっていきたい会社ではなかったということでした。
「音楽」を仕事にするチャンスをやっとの思いで手に入れた人間が、それを手放すという決断は、辛抱が足りないとかの次元ではありませんでした。
その業界に身を投じてこそ、はじめてわかることがあるのだということ。それを身をもって体感した私ですが、その上でもやっぱり、好きなことを仕事にする人生を選ぶことをお勧めしたいのには訳があります。
少し重たいかもしれませんが、自分が人生を終わるその瞬間に「ああ、よかったなあ、僕の人生」と思って死ねるのか、と考えたとき、後悔しない人生はやはり、好きなことを仕事にする人生だと思うからです。
もちろんこれは私の主観ですが、どうしたら幸福な人生だったと思いながら死んでゆけるのか、というのは誰にとっても、まさに「命題」です。しかし、漫然として好きではない仕事を「嫌だな」と思いながら続けて、さらに、老後の不安に追われるのは、あんまりだと思うわけです。
だから、好きなことを仕事にするために邁進したいし、して欲しいと思います。
とはいえ、夢を描いた時点では自分が向かおうとしている先に何があるのか、その世界の現実は見えていません。だからこそまずは、描いた時点では、夢心地であることをしっかり理解すること。そして、現実にするために、その業界の現実を把握することが必要です。
研究者のように自分と自分の夢を研究する
さらに、やりたいことが見つかったとき、そこに、時代というフィルターを通して向かう方向を精査する必要があります。
「ついに出合った、仕事にしたい好きなこと!」という、その夢にドキドキワクワクしていても、世の中も、自分も常に変わっていっています。
それを忘れないようにしてください。
たとえば、一昔前はウェブデザイナーなんていませんでしたし、ユーチューバーもいませんでしたが、今はいますし人気の職業です。逆に、これから先仕事にするのが難しくなる業種も出てくるでしょう。自分が踏み出そうとしている世界が「普及の時代」にいるのか、「成熟の時代」にいるのか、はたまた、それらを通り越して今は「選択の時代」にいるのか。それらをすべて把握した上で踏み出すこと。
ちなみに、コーヒーや喫茶店は「選択の時代」ですから、曖昧なことをやるとお客様には選んでもらえません。
こういう、ネガティブな要素に目をつぶらないことは、非常に前向きな行動です。
まず初めに、その業界について書かれた書籍にとにかく目を通すこと。本は、すでにその業界を経験した人が、その業界について事細かにまとめてくれている、文字通り教科書のような存在です。私は、塾講師をしながら喫茶店を開業するまでに118冊の関連本を読み漁りました。
やりたいことを仕事にする。夢をかなえる、ということは、ある種、研究をすることと似ているように思います。
私は研究者ではありませんが、塾経営をしているときというのは、自分がやっている塾経営というものに対して、その業界全体の流れを把握しながらも、まるで、顕微鏡で細胞を見ていくかのように、細かいところまで見ていきます。あくまでも、研究者ですから、主観ではなく冷静にそこに何があるのかを把握し、そこから新しい薬を生み出すかのように、好奇心を持って実験を続けてくのです。
たとえば「やる気がないわけではないのに、なぜか、成績が伸びない」という場合、ただその状態を見ているだけなら「もっとしっかり勉強しなさい」なんていうアドバイスになるかもしれません。でも、その子に興味を持ち、研究してみると、勉強のやり方自体がわからなかったり、目標がないから動けなかったり、その子特有の原因が見えてきます。すると、それを解消する方法を試してみることができるわけです。
私は、喫茶店をオープンさせるにあたって、喫茶店やコーヒーの業界を研究者のように、とことん文献を調べ上げ、現場を調査し、文章にまとめて整理してきました。これだけ多くの店がオープンし、なくなっていく現状を知り、その原因を見つけ出すべく、その隅々まで調べ尽くしたのです。
その中でたどり着いた研究結果というのは、「絶対に成功する喫茶店の作り方」ではなく、その逆。「絶対に失敗する喫茶店の作り方」でした。そう、どれだけの情報を得て、現場を把握して、経験を積んでも、「絶対に成功する」とは言えなかったのですが、「絶対に失敗する方法」は、論文が出せるほどにしっかりまとまりました。
だから次に喫茶店を開きたいという人に残したくて『必ず「失敗」するカフェづくり』という冊子をつくりました。
これと同じような研究を、ぜひ、ご自身のやりたい分野でやってみてください。
そうすれば、「そんな簡単にかなうはずないよね」と言う言葉が、真実であり、嘘でもあるということがわかってくるはずです。
そう、そんなに簡単にかなうはずがないのです。
どの分野でも、失敗は簡単にできます。そして多分、失敗マニュアルは作れてしまう。その上で、その逆を徹底してやることで、限りなく成功に近づく。あくまでも体感です。
先にそれをやっている人の話を聞く
業界を知るために動き出しましょう。
夢を現実にするための一歩を踏み出すということです。
実際に、自分がやりたいと思う仕事の仕方をしている人に接触し、話を聞くことです。
その業界で「自分がやりたいと思う仕事の仕方をしている人」というのがポイントです。私の場合は「人に雇われない」そして「人を雇わない」という生き方をするというのが目的でしたから、喫茶店を何店舗も展開したり、バイトをたくさん雇ったりするスタイルは、成功する方法であったとしても排除すべき。この、ブレない骨子が後々非常に重要になります。
私は、中学生の頃から、コーヒーが大好きでした。自分で挽いて淹れるコーヒーのうまさを知っていましたから、ぜひとも、ワンオペレーションで喫茶店を開きたかったのです。
ですから、コーヒーに関する文献、個人の飲食店開業の本を片っ端から読んでいきました。そして、塾講師を辞めてから、開業するまでの間、肉体労働で働いてお金を貯めながら、喫茶店をめぐり、繁盛している店は偶然ではなく必ず理由があると確信したのです。
そして、ワンオペレーションで繁盛しているいくつかの店のマスターに、「ここで働かせてください! お給料はいりませんから!」と、直談判しました。もちろん、断られました。自分が店を出してからその理由はわかりました。ワンオペレーションの喫茶店は、ワンオペレーションで回すからこそ、回しやすい仕組みができている。そこに、新人が入るととても回せなくなるのだということ。
これもまた、外から見ている時にはわからないことでした。
幸い、私にはワンオペレーションのコーヒー専門店で、サイフォン珈琲を扱う店が、いや、自分で勝手に決めた師匠が見つかりました。横浜市綱島にある『カルディ』という喫茶店です。マスターからは「雇えない」とお断りされたのですが、「私が伝えられることは、何でも、包み隠さず伝えますから」と言ってくださったのです。
それから私は、毎日のようにカルディに通い詰めました。
マスターの仕事の仕方をつぶさに見ながら、実際に自分がマスターとしてそこに立った時に必要になること、すべての情報をマスターから得ました。シミュレーションしながらでないと気づかないようなこともたくさん伺いました。例えば、
「カップは何脚くらい揃えておけばいいのか」
「1日何杯のコーヒーが出るのか」
「伝票はどこで買えばいいのか」
「おしぼりはどこに頼むのか」
「何坪何席なら一人で回せるのか」
これらのことは、意外と、実際に運営する前提で見ていないと気づかないことが多いのです。そして、「独立したい」「夢がある」という会社員の人、主婦の人、若者たちを見ていて思うのが、実際に実行する人は、ほんの一握り。私が調べたところ、起業したいと考えている人のうち、本当に起業するのは100人中6人程度だそうです。
私は現在、オンラインサロンで、喫茶店経営のすべてを公開していて、質問OKにしているのですが、実際に喫茶店を開けるだけの情報を得ようとする人はほとんどいません。私としては、もっと活用して欲しいと思っているのですが、それくらい、実際に、好きなことを仕事にするというハードルが高いのだということを、実感させられる毎日です。
[書き手:赤澤智]珈琲文明店主。ワンオペ起業を研究し尽くして生まれた店は、多くの人に愛され、土日は行列が絶えない盛況ぶり。ワンオペ起業のメソッドをオンライン講座などで指導。