半世紀の暮らし刻む部屋が主役
間取り好きには堪(こた)えられない小説である。舞台は東京近郊のさして特徴のない町に立つ木造アパート。部屋は二間あって広めだが、その一つは三方が障子に囲まれている。大方(おおかた)の人が変な間取りと感じたこの五号室に住み暮らした十三世帯の体験が、時間を前後しつつ語られる。当然のこと互いに面識はない。ガスコンロに三センチだけ残されたホース、水道会社の「水不足!」のステッカー、テレビアンテナの長い引き込み線など、前の住人が残した痕跡でつながる。つまり五号室こそが主人公。全員を知っているのはこの部屋だけなのだ。
と同時に、その空間に過ぎ去った一九六六年から二〇一六年の時間もまた、空間と対をなす重要な登場者だ。ちり紙からトイレットペーパーに、回転式蛇口がレバー式に代わり、瞬間湯沸かし器やシャワー付きバランス釜が登場し、と五十年間のライフスタイルの変化が記憶の中から甦る。
だがそれ以上に魅力的なのは、「誰も自ら語らないし誰から語られることもない」時間(三センチのゴムホースを抜き取る、タイルの目地の汚れ落としに奮闘する!)が丁寧に拾い集められていることだ。人生の一大事ではなく、「無為」な時間への偏愛こそ、本作の真骨頂だろう。
イラン人ダヴァーズダは「五号室はコツの部屋」という名言を残す。滑りの悪い障子の開け閉(た)て、サイズの合わない風呂栓の押さえ方、人とぶつからないよう注意が必要な二つのドアの開け方など、細やかな配慮を求める部屋は人間じみて愛おしい。
時代は「気付けば移り変わっている」ものだが、それを振り返るとき、誰もが口にするのは「懐かしい」の一言。簡単に生きたはずはないのに「なんて簡単になるんだろう」と最後の住人がつぶやく最終章にはうならされた。時空間が見事に主題化され、建築家やインテリアデザイナーにも刺激的なはずだ。