書評
『フジモトマサルの仕事』(平凡社)
「異能の人」の作品世界の扉をあらたに開く、記念碑的一冊
フジモトマサルさんに初めて会ったのは、90年代半ばだった。その場に五、六人が集っていたことは覚えているのだが、なぜか浮かんでくるのはフジモトさんの顔だけなのだ。くるっと大きな眼とお坊さんみたいな立派な頭蓋が鮮烈だったからだろうか。そのあと数年続いた交流のなかで、外国の家電に目がないんですと言っていたのも、なぜか忘れられない。以来ずっと、私の脳内では、秋葉原のヤマギワ電気の外国家電製品コーナーを徘徊しているフジモトさんの姿が固定化されている。五年前に亡くなった漫画家・イラストレーター、フジモトマサルの作品世界にずっと惹かれてきた。二本足で立って動く輪郭のくっきりとした動物たちが喋ったり、お茶を呑んだり、旅に出たり。彼らは動物の真の姿なのか、それとも動物の姿を借りた人間なのか、領域が茫洋(ぼうよう)としているのだが、いっぽう作品世界には奇妙な緊張感と強度が張り巡らされている。スタイリッシュで、ユーモラスで、どこかほの暗く、ブラックホールに吸引されるような快楽を味わってきたし、穂村弘、吉田篤弘、長嶋有など多士済々との共著にも親しんできた。2004年から二年間続いた筑摩書房のPR誌『ちくま』のカバーイラストも毎月待ち遠しかった……賛辞しか浮かばない。なのに、いなくなってしまった。慢性骨髄性白血病のため死去、四十六歳。
本書は、多岐にわたった仕事を再録しつつ、異能の人の器量や魅力を解きほぐす一冊だ。絵。なぞなぞ。回文。漫画・装丁や装画。いずれも入射の角度が鋭いというか、フジモトマサル的な着地がぴしゃりと決まっている。
回文のセンスにあらためて唸る。「ママレードはどーれ? ママ」「薬の暗い快楽のリスク」「猫は留守。デートに遠出する箱根」
動物たちもオールキャスト。怖ろしげな解放感を背負うカモノハシ、煩悩にまみれるかわうそくん、小市民生活を営む羊のドリー……それぞれ手を引いてブラックホールへと続く扉を開けてくれる。
ページをめくりながら、フジモト作品のヒミツに触れたい欲に駆られた。発想法とか、画法とか、思考回路とか。仕事場での製作風景の写真を目で追っていたときのこと。「色付け」の段階のキャプションに、コンピューターの「画面を逆さまにして上下左右、色やカタチのバランスをチェック。どの仕事でも必ず行っている」とある。そうだったのか! あの浮遊感覚や色彩は、「逆さま」から生まれていたと思うと、パズルのピースがぱちんと嵌まった気が(勝手に)した。
装丁、レイアウトから編集まで手掛ける名久井直子をはじめ、交流のあった人々の寄稿が、万華鏡に光を当てる。村上春樹。穂村弘。森見登美彦。ブルボン小林。及川賢治。北村薫。長嶋有。圧巻は書評家、豊﨑由美によるロングインタビューだ。本や映画を手がかりに、きわめて繊細な手つきで腑分けしてゆく流れは、まさにフジモトマサル解題編。そしてインタビューの最後、本人が披露する「四十二歳で死ぬと決めていた」という話に、私は背筋が震えた。なんてこった。フジモトマサルは、それから八年後に編まれる本書のためのオチを自分で用意していたことになる――。