敗れ去る覚悟を持ち確固たる信念を貫く
昭和17年のミッドウェーでの敗北において、柳本柳作大佐・加来止男大佐は、艦長を務める空母蒼龍・飛龍がアメリカ軍の攻撃を受けて沈没する際、部下の退艦の願いを聞きいれず、艦と運命をともにした。こうした事例は他にもあるが、艦長はそうせよというルールが海軍内にあったわけではない。艦長はそれくらい自身が長を務める艦を愛していたし、またそうあるべきであるという暗黙の了解があったのだと推測される。澤太郎左衛門(1834~98)は幕臣であった。軽い身分だったが、その才が際立っていたのであろう、24歳の時に長崎の海軍伝習所の第二期生に選ばれ、操船や艦砲射撃を学んだ。同期には榎本武揚、世話役には勝海舟がいて、終生交流することになる。やがて澤は榎本らとオランダに留学し、幕府が発注した新鋭艦・開陽丸の建造を見守り、これに乗って帰国した。澤にとって、開陽丸こそはまさに己が夢そのものだった。
帰国した澤を待っていたのは、大政奉還、鳥羽伏見の敗戦、江戸城攻めと続く、主家・徳川家の急速な衰退だった。澤はどうしても開陽丸を薩長に渡す気にはなれなかった。薩長が新政府=官軍を名乗っていても。それに刃向かっても敗北しかないと知りつつも。澤は榎本とともに再び開陽丸に乗り、回天以下の徳川家の船を従えて北に向かう。澤らラスト・サムライはいかに戦ったか。いかに生きたのか。本書で確かめてほしい。
著者の上田秀人は時代小説の第一人者である。無理やりな史実の読み替えとか、奇抜すぎる事件の解釈などには距離を取り、堂々と王道を行く。練達な文章は静かに、だが確実に時代を切り取っていく。滅びに抗する、人間の確固たる信念が鮮烈な一冊になっている。