書評

『陽眠る』(角川春樹事務所)

  • 2020/11/08
陽眠る / 上田秀人
陽眠る
  • 著者:上田秀人
  • 出版社:角川春樹事務所
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2020-07-15
  • ISBN-10:4758413541
  • ISBN-13:978-4758413541
内容紹介:
慶応四年一月。
鳥羽伏見の戦いには敗れたものの、十五代将軍・徳川慶喜は薩長に対し徹底抗戦を主張。幕軍は意気軒昂であった。
幕府がオランダに依頼して建造された〈開陽丸〉の艦将・榎本釜次郎武揚も、「ここからが海軍の出番」と自負していた。
しかし、家臣たちの前で徹底抗戦を宣言したその夜、慶喜は大坂に停泊していた旗艦開陽丸で江戸へ逃げてしまう。
失望した榎本武揚は、海軍時代から榎本の右腕だった副艦将・澤太郎左衛門と、
大坂城から持ち出した十八万両を持って、開陽丸ごと徳川海軍を脱走。北へと向かう──。

敗れ去る覚悟を持ち確固たる信念を貫く

昭和17年のミッドウェーでの敗北において、柳本柳作大佐・加来止男大佐は、艦長を務める空母蒼龍・飛龍がアメリカ軍の攻撃を受けて沈没する際、部下の退艦の願いを聞きいれず、艦と運命をともにした。こうした事例は他にもあるが、艦長はそうせよというルールが海軍内にあったわけではない。艦長はそれくらい自身が長を務める艦を愛していたし、またそうあるべきであるという暗黙の了解があったのだと推測される。

澤太郎左衛門(1834~98)は幕臣であった。軽い身分だったが、その才が際立っていたのであろう、24歳の時に長崎の海軍伝習所の第二期生に選ばれ、操船や艦砲射撃を学んだ。同期には榎本武揚、世話役には勝海舟がいて、終生交流することになる。やがて澤は榎本らとオランダに留学し、幕府が発注した新鋭艦・開陽丸の建造を見守り、これに乗って帰国した。澤にとって、開陽丸こそはまさに己が夢そのものだった。

帰国した澤を待っていたのは、大政奉還、鳥羽伏見の敗戦、江戸城攻めと続く、主家・徳川家の急速な衰退だった。澤はどうしても開陽丸を薩長に渡す気にはなれなかった。薩長が新政府=官軍を名乗っていても。それに刃向かっても敗北しかないと知りつつも。澤は榎本とともに再び開陽丸に乗り、回天以下の徳川家の船を従えて北に向かう。澤らラスト・サムライはいかに戦ったか。いかに生きたのか。本書で確かめてほしい。

著者の上田秀人は時代小説の第一人者である。無理やりな史実の読み替えとか、奇抜すぎる事件の解釈などには距離を取り、堂々と王道を行く。練達な文章は静かに、だが確実に時代を切り取っていく。滅びに抗する、人間の確固たる信念が鮮烈な一冊になっている。
陽眠る / 上田秀人
陽眠る
  • 著者:上田秀人
  • 出版社:角川春樹事務所
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2020-07-15
  • ISBN-10:4758413541
  • ISBN-13:978-4758413541
内容紹介:
慶応四年一月。
鳥羽伏見の戦いには敗れたものの、十五代将軍・徳川慶喜は薩長に対し徹底抗戦を主張。幕軍は意気軒昂であった。
幕府がオランダに依頼して建造された〈開陽丸〉の艦将・榎本釜次郎武揚も、「ここからが海軍の出番」と自負していた。
しかし、家臣たちの前で徹底抗戦を宣言したその夜、慶喜は大坂に停泊していた旗艦開陽丸で江戸へ逃げてしまう。
失望した榎本武揚は、海軍時代から榎本の右腕だった副艦将・澤太郎左衛門と、
大坂城から持ち出した十八万両を持って、開陽丸ごと徳川海軍を脱走。北へと向かう──。

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