「本の消費財化」を食い止めるために
私は2017年の7月から、新聞、週刊誌、月刊誌などの活字メディアに発表された書評を再録するインターネット無料書評閲覧サイト「ALL REVIEWS」を運営しています。創設の動機の一つは、遠い将来、紙の本というものが一切、出版されなくなり、古本として残された本も廃棄される運命にあるのではないかと強く危惧したことにあります。これまでに出版された本は無限にありますから、デジタル情報として残すべき価値のある本と、それ以外の本をトリアージ(命の選別)にかけなければならない日がくることは目に見えています。
そのトリアージの際、デジタル情報として、ある本の書評が残っていれば、その本は保存すべき価値のあるものと認められて救われることになるでしょう。しかし、反対に書評がいっさいなければ(あるいは書評が書かれていても、それが発見できなければ)、その本は価値を認められずに永遠に忘却の淵に沈んでしまうに違いありません。実際、文学賞や学芸賞の一次選考では、書評のあるなしがふるい落としの基準になっているのです。
ところで、書評というものは新聞、週刊誌、月刊誌などのジャーナリズムが生存媒体ですから、本よりも消滅するのは早く、いざデジタル化しようと思ってもすでにどこにもなくなっていることが少なくありません。ならば、その消滅が訪れるよりも早く、危機感をもって書評のデジタル化を進めなければなりません。書評がデジタル化されているか否かが本のトリアージの基準になる可能性がある以上、これは喫緊の課題です。
もう一つの動機は、それほど遠い未来のことではなく、本の置かれている現状の分析から生まれたものです。本というものは、現在、大量生産・大量消費のシステムに組み入れられています。毎日、おびただしい数の本が出版され、数カ月、いや数週間、書店の店頭に並んだだけで返品されてしまいます。ネット書店でも「品切れ」のマークがついたら同じことです。本はいまや完全に消費財となっているのです。
しかし、私が子どもの頃は違いました。本は消費財ではなく、電化製品と同じような耐久消費財でした。つまり、いったん購入したら少なくとも10年以上は手元において大切にすべきものでした。また、耐久消費財であったがゆえに、本は新刊書店の棚にロングセラーとして長く留とどまり、古本となってもしっかりとリサイクルされていました。ところが、高度成長とともに、本も短命な消費財となり、すべて読み捨てられ、あっという間に書店の店頭から姿を消すようになったのです。その結果、どれほどの傑作、力作、基本文献であろうと、書店でその姿を見ることのできないものとなってしまいました。
私はこの「本の消費財化」をなんとか食い止めて、耐久消費財に戻す方法はないかと熟考を重ねました。思いついたのは、過去に書かれた書評をデジタル化してアーカイブとして保存することでした。こうしておけば、いま書店の店頭にある本だけではなく、出版社の倉庫に眠っている過去の優れた本にも陽が当たり、ふたたび生きた本になるに違いないと考えたのです。
こう考えた私は、書評を書いている他の作家や批評家にも呼びかけ、ALL REVIEWS立ち上げたのです。
話題作、問題作、古典…多彩なゲストを迎えての限定企画
私とたった一人のスタッフで立ち上げたALL REVIEWSは、「ALL REVIEWS友の会」とボランティア・スタッフの方々の強力なサポートで支えられ、現在、四年目に突入しています。この「ALL REVIEWS 友の会」の会員向け限定企画としてスタートしたのが、本書のもとになった対談書評「月刊ALL REVIEWS」です。これは、毎月、フィクション部門とノンフィクション部門でホストが「今月必読の本」を選んでゲストとともに深く読み込む対談を行ない、その模様をYouTube で会員向けに放映するというレギュラー・イベントです。フィクション部門は豊崎由美さんが、ノンフィクション部門は私がホストとなっています。取り上げる本は、話題の本、問題作、あるいはまったく知られていないが広く読まれてしかるべき本など、その回によってさまざまですが、ときには古典が登場することもあります。
ゲストとなるのは、取り上げる本に最もふさわしいとホストが判断した作家、批評家、専門家で、ALL REVIEWSに書評家として参加されている方もいらっしゃいます。 ときには、著者に直接、お話を伺うということもあります。
こうして招かれたホストとゲストはシナリオなしのぶっつけ本番で批評的トークを一時間ほど行ないます。そのあとでYouTube 生放送でご覧になっている視聴者の方々から寄せられた質問にホストとゲストが15~30分で答えるというかたちを取ります。
こうして、「月刊ALL REVIEWS」がスタートしたのが2019年1月のこと。現在までにフィクション部門、ノンフィクション部門とも、それぞれ24回、合計48回、ディープな対談書評が展開されました。この24回のゲストと書評対象本のリストは本の巻末の付録に記しておきますが、じつに多彩な顔触れで、本の選択も的確だったと自画自賛しています。
「月刊ALL REVIEWS」の視聴は会員限定で、私がプロデュースした西麻布の書斎スタジオ「ノエマ・イマージュ・スタジオ」から生放送され、その後、アーカイブに保存されます。会員はリモート視聴ばかりでなく、ライブ参加も可能ですし、またアーカイブから視聴することもできます。ライブ参加希望者が多いときには、東京堂書店のホールを借りて収録を行なうこともあります。
ただ、いずれの場合も、あくまで会員向けの放映というのが目的ですから、YouTube で生放送を一般公開する場合を除いて、原則、非公開となっていました。
私は、どの回もテレビの書評番組などではあり得ないほど充実した内容なので、アーカイブに保存されているとはいえ、このまま埋もれさせておくのはもったいないと感じ、書籍化の道を探ろうとしていたのですが、あるとき、一般公開の回を視聴された祥伝社の編集者の方から書籍化の提案を受けました。
こうして「月刊ALL REVIEWS」がめでたく一冊の本にまとまったというわけです。
二人で読むから、刺激的でディープな読みができる
ただ、合計48回行なわれた対談書評をすべて収めることは難しいということなので、とりあえず、私がホストとなったノンフィクション部門の6回分だけを収録しました。こうして活字になったものを読むと、どの回も、ゲストの方々によって素晴らしくディープな読みが披露され、それをもとに活発な議論が交わされていることがわかります。ゲストの方々とのトークは本当に刺激的で、ひとりで対象本を読んでいたのでは気づきもしなかった観点や切り口が示されて驚くことがあります。これぞまさしく、対談書評の醍醐味でしょう。
たとえば、出口治明さんと書評しあった『論語』は、孔子や「礼」の話から、世界史的視点での読み、渋沢栄一、家族論、日本のジェンダーギャップまで広がりました。磯田道史さんとの『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』の場合は、本の読みどころの他に、著者速水融の執筆の背景や動機を徹底的に深掘りしました。
しかし、いくら対談書評が面白いからといって、それだけで完結してしまうのはあまりにもったいないことです。対談の対象本に興味をもたれた読者は、ぜひ書店で実際に手に取っていただきたいと思います。書評の目的は、読まれるに値する本を強く推薦することにあるのですから、これは当然の願いです。そして読み終えたら、もう一度、本書をひもといていただけたら幸いです。理解がさらに深いところまで進むこと請け合いです。
それでは、本を愛し、書評を愛し、さらに、対談書評のトークも愛するすべての人に本書が届くことを願いつつ、「まえがき」の筆をおきます。