後書き

『天体観測に魅せられた人たち』(原書房)

  • 2021/04/01
天体観測に魅せられた人たち / エミリー・レヴェック
天体観測に魅せられた人たち
  • 著者:エミリー・レヴェック
  • 翻訳:川添 節子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(322ページ)
  • 発売日:2021-03-05
  • ISBN-10:4562059036
  • ISBN-13:978-4562059034
内容紹介:
砂漠の天文台でタランチュラと隣り合わせになりながらたった一夜限りの天体観測にかける情熱とロマン。知られざる天文学者たちの世界
天文学者が世界中に何人いるか、みなさんはご存知だろうか。たった5万人である。選ばれた者しか関われないロマンあふれる世界だ。では、その実態とは……?
あるときは冒険家さながらに、人里離れた山や砂漠の天文台で、サソリやタランチュラと隣り合わせになりながら命がけの観測。
あるときは、使用する人間の安全など度外視で設計された巨大望遠鏡と格闘。
一夜限りの観測が天気に恵まれずキャリアを棒にふることもしばしば。
すばる望遠鏡、空飛ぶ天文台SOFIA、次世代望遠鏡LSST観測機器など、扱う機械の変化もめまぐるしい。
そんな観測天文学の半世紀を、自らも天文学者である著者がつづった新刊『天体観測に魅せられた人たち』の「訳者あとがき」を抜粋して公開する。
 

すばる望遠鏡は一晩の観測に4万7000ドル(約517万)!

ハワイのマウナケア山にあるすばる望遠鏡をご存じだろうか。日本の国立天文台の大型光学赤外線望遠鏡で、口径8.2メートルという世界最大級の主鏡を持っている。はじめて聞いたという方は、日本語のホームページがあるので、ぜひのぞいてみて、その巨大さとつめこまれた機器の精密さを感じてほしい。この望遠鏡を相手に、当時24歳の著者が悪戦苦闘するところから、本書は始まる。

ハワイ大学に在学中だった著者は、博士論文を書くために、苦労して観測枠を勝ち取り、このすばるで観測を行なう。ところが、途中でアラームが鳴って望遠鏡が動かなくなる。山の上には彼女とオペレーターの2人きり。オペレーターによれば、鏡を支える部分に問題が発生したらしい。

主鏡の上にある副鏡が落ちれば、どちらも割れて大惨事になるだろう。日本人のエンジニアに連絡すると「再起動してみて。たぶん大丈夫」という。一晩動かすのに4万7000ドルかかるこの望遠鏡。万が一、再起動して壊したら、「すばるを壊した学生」として後世に名を残すことになる。

朝まで待って担当者に見てもらえばいいのだろうが、その場合、次に観測できるのは1年後となり、そのときこの夜のように晴れるかどうかは保証がない。論文の完成も遅れることになる。大学では充実した研究生活を送っているが、できるだけ早く終えて、遠距離恋愛をしている恋人と時差のない生活を送りたいという個人的な事情もある。悩んだ末に出した結論はいかに――

みなさんだったらどうするだろうか。複雑な精密機器とはいえ、そう簡単に壊れるようにはできていないだろうし、エンジニアが(たぶん)大丈夫と言っているのだから、素直に再起動すればいいのでは、と思われる方もいるかもしれない。

しかし、本書を読み終えれば、著者の心配も納得できるだろう。望遠鏡には、信じられないようなことが起こりうるし、天文学者の仕事は、私たちが映画などで観て想像するものとはかなり違う。

本書は、天体観測の現場について、著者の経験(これまでに世界各地で50回以上観測している)だけではなく、空中天文台やLIGOへ赴いての取材、そして100人以上の関係者から聞いた話をもとに綴られている。

寒さに震えながら望遠鏡にはりつき、割れやすいガラスプレートを使って観測していた過去。自宅から観測して、あるいは観測したい天体の場所を指示しておいて、朝起きたら自分のメールボックスに観測データが届いているという現在。そして、観測データの量が桁違いになる未来。

観測方法や仕事のしかたは大きく変化しているが、いつの時代にも、そこには、人生のどこかの時点で夜空を見上げて恋に落ち、天体観測に魅了された人たちがいる。

著者によれば、科学的な根拠のない星占いを信じる天文学者はいないらしいが、彼らは世界中の誰よりも星に振り回されながら生きている。本書には、そんな彼らの物語がたっぷりとつまっている。

 

超新星を肉眼で発見!

ぜひご覧いただきたい動画がある。2020年2月、著者が「現代天文学の歴史」と題して、TEDで行なったプレゼンテーションだ。

https://www.ted.com/talks/emily_levesque_a_stellar_history_of_modern_astronomy

残念ながら、日本語の字幕はついていないが、舞台に映し出される写真を見るだけでも、本書の内容の理解を深めることができるのではないかと思う。

たとえば、プレゼンテーションの冒頭は、第11章の肉眼で超新星を見つけたオスカル・ドゥアルデの話が紹介される。本文中では、休憩時間に何気なく空を見上げたら、見慣れない星があった、とさりげなく書かれている。プレゼンテーションでは、普段の大マゼラン雲の写真と、超新星が見えた写真が続けざまに映される。著者が「見えた?」と訊くと、聴衆からは思わず笑いがもれる。そう、素人目に違いはまったくわからない(何回か繰り返して見れば、小さく光る星が見つけられると思う)。

続いて映されるのは、引きで写したチリの空の写真だ。文字どおり満天の星が広がっている。このなかから、いつもとちがう星を見つけるというのがいかに超人的なことか、実感できるだろう。

また、第2章に関連して、主焦点に入って観測している有名な天文学者の写真も見られる。こんなにせまいところで一晩中じっとしているなんて、相当な体力と忍耐力が必要だろう。しかも、ドーム内は真冬でも暖房は一切ない。

写真乾板を駄目にされた天文学者がオペレーターに「殺してやる!」と喚き散らす話も、実際の現場の写真とともに紹介される。ときおり会場の笑いを誘いながら、テンポよく話をすすめる著者のプレゼンテーションは見応えがある。

 

星を見る最後の人たち

本書はアメリカでは2020年8月に刊行され、コロナ禍のために、刊行後のイベントは主にオンラインで行なわれている。興味がある方は、本書の原題『The Last Stargazers』と著者名Emily Levesqueで検索してもらいたい。

ちなみに、このタイトルだが、直訳すれば「星を見る最後の人たち」となり、少し悲観的ではないか、という声が読者からあったようだ。これに対して著者は、「人々が星を見ることに関心を持たなくなるということを意味しているわけではない。観測のありかたはたしかに大きく変わった。だからこそ、これまでの物語と現在進行形の物語を未来に向けて残しておきたいのだ」と語っている。

TEDのプレゼンテーションでは、観測のありかたは変わっても、人間が持つ好奇心は今も昔も変わらず、この好奇心とこの先の技術の組み合わせによって、私たちはこれまでと同じように宇宙について新たな発見をし続けるだろう、と締めくくっている。

どれだけ技術が発達し、データ量が増えようとも、結局のところ、それをつくるのも使うのも人間だ。人間がかかわる以上、そこには物語が生まれる。著者も最終章で述べているように、本書に続く天文学の物語も楽しみにしたい。

 

新進気鋭の女性天文学者

最後に、著者エミリー・レヴェック氏の略歴を紹介しておきたい。

2006年にMITで物理学の学士号を取得後、2010年にハワイ大学で天文学の博士号を取得し、現在はワシントン大学で天文学の教授をしている。2014年にアメリカ天文学会からアニー・ジャンプ・キャノン賞、2017年にスローン・リサーチ・フェローシップ、2019年にコットレル・スカラー賞、2020年にふたたびアメリカ天文学会からニュートン・レイシー・ピアス賞と、女性研究者や若手研究者に贈られる賞を次々に受賞している気鋭の研究者だ。

本書は、著者がはじめて執筆したポピュラーサイエンスの本となる。アメリカでは、天文学に関心がある人だけではなく、普段サイエンスの本を読まない人でも楽しめると評判は上々だ。日本でも多くの方に、この天体観測に魅せられた人たちの物語が届くことを願ってやまない。

[書き手]川添節子(訳者)
天体観測に魅せられた人たち / エミリー・レヴェック
天体観測に魅せられた人たち
  • 著者:エミリー・レヴェック
  • 翻訳:川添 節子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(322ページ)
  • 発売日:2021-03-05
  • ISBN-10:4562059036
  • ISBN-13:978-4562059034
内容紹介:
砂漠の天文台でタランチュラと隣り合わせになりながらたった一夜限りの天体観測にかける情熱とロマン。知られざる天文学者たちの世界

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