書評

『江戸の宇宙論』(集英社)

  • 2024/03/19
江戸の宇宙論 / 池内 了
江戸の宇宙論
  • 著者:池内 了
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(320ページ)
  • 発売日:2022-03-17
  • ISBN-10:4087212068
  • ISBN-13:978-4087212068
内容紹介:
19世紀初頭、実は日本の天文学は驚くべき水準に達していた――。知られざる「天才」たちの活躍を通して、江戸の科学史の側面を描いた画期的一冊!今日ではノーベル物理学賞を獲得する水準に至… もっと読む
19世紀初頭、実は日本の天文学は驚くべき水準に達していた――。
知られざる「天才」たちの活躍を通して、江戸の科学史の側面を描いた画期的一冊!


今日ではノーベル物理学賞を獲得する水準に至った日本の天文学研究。
そのルーツを辿ると、江戸時代後期の「天才たち」の功績にまで遡る。
「重力」「遠心力」「真空」など現在でも残る数多の用語を生み出した翻訳の達人・志筑忠雄。
「無限の広がりを持つ宇宙」の姿を想像し、宇宙人の存在さえ予言した豪商の番頭・山片蟠桃。
そして超一流の絵師でありながら天文学にも熱中し、人々に地動説などを紹介した司馬江漢。
彼らはそれぞれ長崎通詞(オランダ語の通訳者)・豪商の番頭・画家という本業を持ちつつ、好奇心の赴くままに宇宙に思いを馳せたのであった。
本書は現代日本を代表する宇宙物理学者が、江戸時代後期を生きた知られざる天才たちとその周辺人物らによる破天荒な活躍を負いつつ、日本の天文学のルーツに迫った驚きの科学史である。


【目次】
はじめに
第一章 蘭学の時代
第二章 長崎通詞の宇宙
2─1 志筑忠雄という人
2─2 『暦象新書』と無限宇宙論
第三章 金貸し番頭の宇宙
3─1 山片蟠桃という人
3─2 大宇宙論の展開
終 章 「歴史の妙」
補 論 日本と世界の認識
補論─1 志筑忠雄の『鎖国論』をめぐって
補論─2 山片蟠桃の世界認識
あとがき

太陽系外生命体や宇宙人の存在を予見

私事で恐縮だが、私は歴史少年かつ天文少年で、昼は古墳を巡り、夜は晴れれば、星を眺めた。だから、前方後円墳はなぜあんな形をしているのか、と聞かれれば、こう答える。諸説あるが、あれは古墳時代人の宇宙観を反映しているかもしれない。天円地方説といって「天は円形、地は方形」という古代中国製の宇宙観を一つに集約した形ではないか。

そうなのである。室町時代まで、日本人に大地が球体との宇宙観(地球説)はなかった。そこへ西洋からキリスト教宣教師などがきた。織田信長には地球儀を渡し、信長はすぐに地が球体であると理解した。太陽も月も球体だ。月食の時、地の影が月面に見えるのが証拠だ。そんなふうに言われれば賢い人なら「理にかなっている」と思う。

西暦一六〇〇年頃、宣教師のマテオ・リッチが中国(明)で世界地図を漢訳し、解説に我々の居場所を「地球」と記した。この地図はすぐ日本に入った。一七〇八年には日本で「世界万国地球図」なる地図が発行され、翌年、新井白石が密入国宣教師シドッティを尋問し、後に『西洋紀聞』に「地球(テマリ)の周囲」などと書いた。この時分から、日本の知識人の一部は「自分は中国や日本を中心とした四角い『天下』ではなく、球体の乗り物『地球』にいる」と知った。日本における用語としての「地球」の歴史はせいぜい四百年だろう。

ただ本書には、そんなことは書いていない。本書が扱うのは、江戸後期の、さらに高度になった西洋「宇宙論」の日本への取り入れである。絵師の司馬江漢、翻訳家の志筑忠雄、金貸しの番頭・山片蟠桃(ばんとう)の三人が、道楽で、それをやった。

コペルニクスの地動説は18世紀後半、本木良永(りょうえい)ら長崎通詞(通訳官)の仲間内で話題になり、コペルニクスの宇宙論を紹介する翻訳書が一七九二~九三年に出現した。それから五年、十年で、口下手を理由にして通詞をやめていた志筑忠雄がニュートン力学を翻訳で紹介した。

志筑はケプラーの法則や万有引力の法則をきちんと数学的にわかっており、「分子」を造語し「真空」などを科学用語として使いだした。西洋天文学を翻訳しただけではない。志筑は「混沌分判図説」といって、天体が混沌から生まれ、時間とともに分化する独自の仮説を唱えた。宇宙の生成と進化を考える立派な宇宙論だ。ニュートン力学をふまえ、回転運動と重力から天体が生じるさまを見事に言いあてた。西洋では、カントがガスの星雲から太陽系が誕生したとの星雲説を唱え、ラプラスがそれを精密にしたが、志筑はラプラスより三年早いという。志筑の思考は見事で、進化宇宙論の分野では、世界の先端を走っていた。

こうなると、ふつうに大坂の金貸しの番頭のなかにも、すごい人間が出てくる。山片蟠桃だ。山片は大地が球状な理由を重力の働きから説明した。「宇宙には太陽のような星が幾百万もある」。「恒星は皆明界を持ち」その中には「地球に似ている」惑星があって「土があり湿気がある」。虫や魚貝・禽獣が誕生し「人民も必然的に生まれる。だから、諸惑星の皆に人民が存在する」と、太陽系外生命体や宇宙人の存在を予見した。これが二百年ちょっと前、文政期の話である。
江戸の宇宙論 / 池内 了
江戸の宇宙論
  • 著者:池内 了
  • 出版社:集英社
  • 装丁:新書(320ページ)
  • 発売日:2022-03-17
  • ISBN-10:4087212068
  • ISBN-13:978-4087212068
内容紹介:
19世紀初頭、実は日本の天文学は驚くべき水準に達していた――。知られざる「天才」たちの活躍を通して、江戸の科学史の側面を描いた画期的一冊!今日ではノーベル物理学賞を獲得する水準に至… もっと読む
19世紀初頭、実は日本の天文学は驚くべき水準に達していた――。
知られざる「天才」たちの活躍を通して、江戸の科学史の側面を描いた画期的一冊!


今日ではノーベル物理学賞を獲得する水準に至った日本の天文学研究。
そのルーツを辿ると、江戸時代後期の「天才たち」の功績にまで遡る。
「重力」「遠心力」「真空」など現在でも残る数多の用語を生み出した翻訳の達人・志筑忠雄。
「無限の広がりを持つ宇宙」の姿を想像し、宇宙人の存在さえ予言した豪商の番頭・山片蟠桃。
そして超一流の絵師でありながら天文学にも熱中し、人々に地動説などを紹介した司馬江漢。
彼らはそれぞれ長崎通詞(オランダ語の通訳者)・豪商の番頭・画家という本業を持ちつつ、好奇心の赴くままに宇宙に思いを馳せたのであった。
本書は現代日本を代表する宇宙物理学者が、江戸時代後期を生きた知られざる天才たちとその周辺人物らによる破天荒な活躍を負いつつ、日本の天文学のルーツに迫った驚きの科学史である。


【目次】
はじめに
第一章 蘭学の時代
第二章 長崎通詞の宇宙
2─1 志筑忠雄という人
2─2 『暦象新書』と無限宇宙論
第三章 金貸し番頭の宇宙
3─1 山片蟠桃という人
3─2 大宇宙論の展開
終 章 「歴史の妙」
補 論 日本と世界の認識
補論─1 志筑忠雄の『鎖国論』をめぐって
補論─2 山片蟠桃の世界認識
あとがき

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年4月23日

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