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『[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語』(原書房)

  • 2021/09/16
[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語 / デイヴィッド・ウォームフラッシュ
[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語
  • 著者:デイヴィッド・ウォームフラッシュ
  • 翻訳:露久保 由美子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(284ページ)
  • 発売日:2021-08-13
  • ISBN-10:4562058463
  • ISBN-13:978-4562058464
内容紹介:
月と人類の関わり、神話から科学までを、歴史の流れにスポットを当てて、NASAの宇宙生物学者がわかりやすく図版とともに案内。
月と人類の関係は45億年前から始まった。長きにわたる歴史と暦に刻まれた数々の「時」にスポットを当てて、NASAの宇宙生物学者がわかりやすく図版とともに案内した書籍『月と人の歴史と物語』よりはじめにを特別公開する。
 

月の来歴をたどる

多くの人にとってNASA(アメリカ航空宇宙局)のアポロ計画のミッションといえば、月探査を意味するものだ。だがアポロは人類史を、そしてそのはるか過去からの歳月を織りなす月の歴史の一部にすぎない。

本書では、45億年あまり前の月の形成にはじまり、歴史に刻まれた数々の「時」に焦点を当てながら、月の来歴をたどっていく。どの場面を取り上げるかについては、月科学にくわえ、暦や古代宗教、天文学と科学の誕生に果たした月の主な役割など、月が人類の文明に大きな影響を与えた要素や、もちろん、20世紀半ばの月探査とそこに至る数十年の技術開発に関する現在の知識や理論、仮説、考えを考慮している。

こうしたテーマを研究するなかで、いくつか興味深い文化的な出会いもあった。ロケット開発の鍵を握った技術顧問を主人公とする1929年のドイツ映画、『月世界の女』(フリッツ・ラング監督)もそのひとつだった。

本書を読み進めていくと、取り上げたテーマの多くがいくつかのグループに分類されることに気づくだろう。序盤は地質学的な出来事の記述となっている。次いで、月が古代文明の、特にメソポタミアとギリシアの人々に与えた影響に多くのページを割いている。そして舞台は、月の天文学や天文学全般、知の追求の中心がアラブ文明にあった中世へと移る。

このアラブ文明には、知的活動の言語としてアラビア語を使っていたという共通点を持つさまざまな国家や個人が含まれる。

舞台はさらにヨーロッパのルネッサンス期から近世へと進む。この時期、望遠鏡が登場して月の地形が詳らかになっただけでなく、金星が月と同じように満ち欠けするなどの現象も明らかとなった。ガリレオ・ガリレイが最初に発見した金星の満ち欠けは、月の存在によって生まれたさまざまな発見とともに、太陽や惑星が地球のまわりを回っているのか、地球が太陽のまわりを回っているのかという、古代ギリシアから続いていた議論の転換点のひとつとなった。

数十億年前の月のクレーターなど、地形の形成に関する記述は、月にまつわる活躍をし、クレーターにその名を残した歴史上の立役者の紹介にもなっている。そのひとりが、再三にわたって登場し、この本の序盤の主役とも呼べる、サモス島のアリスタルコスだ。彼は約4億5000万年前のアリスタルコス・クレーターの名称の由来となった人物で、非常に独創的ながら簡単な方法を使って、地球から月と太陽までの距離の比を求め、それぞれの大きさを算定した(実際の値とはかなりの開きがあった)。そして太陽が地球よりもはるかに大きいことを割り出すと、太陽が地球のまわりを回っているのではなく、地球が太陽のまわりを回っているにちがいないと推論した。

「太陽中心説(地動説)」として知られる彼の宇宙論は、古代では賛同者はごくわずかで、何世紀にもわたって「地球中心説(天動説)」が支持されていた。だが月の動きが計測されたことなども関係し、アラビア時代には、天動説に問題があることが示唆され、最終的にニコラウス・コペルニクス、ガリレオ、ヨハネス・ケプラーの研究で地動説が復活することとなった。この3人はいずれも月のクレーターに名前を残している。

 

未来に託された月の開発

20世紀の記述になると、ページごとの内容に相関性が増し、ロケット推進技術が出現して、やがてNASAのサターン5型ブースターや米ソの宇宙開発競争へとつながっていく。その背景となる物語には、旧ソ連の初期の宇宙計画立案者であるセルゲイ・コロリョフなど、さらなる人物が登場してくる。アメリカのジョン・F・ケネディ大統領は、短い在任期間に影響力を発揮したことから、月面着陸競争の主役として登場し、一方で、リチャード・ニクソン大統領は、いわば敵役のように見えるかもしれない。理由はのちのちわかるだろう。

このように本書では、アポロ11号と人類初の月面着陸に先立つ出来事だけでなく、その後のミッション、特に宇宙飛行士と地球で活動する研究者らが行った科学にも重点を置いている。月に関する私たちの知識の多く、そして地球と内惑星の初期の歴史について私たちが知っていることの多くは、アポロ計画中に月面で行われた調査や、宇宙飛行士が地球に持ち帰った382キロの月のサンプルの研究によってもたらされたものだ。

サンプルを採取した12人の宇宙飛行士は、仕事の要領を心得ていた。膨大な時間をかけて地質学の修士号にも匹敵する地質調査の訓練を受けていたためだが、ただひとり、ハリソン・シュミット飛行士だけは例外だった。彼はアポロ17号のミッションで月に到着したとき、地質学の博士号を持っていた。

測定単位については、特にアポロ時代の記述では、メートル法、帝国単位(ヤード・ポンド法)、海里が使われていることに気づくだろう。これはアポロ計画の慣例に従うためで、たとえば工学値や圧力、推力は帝国単位、月までの飛行距離や軌道高度などの距離は海里、科学にまつわる測定値(採取した月のサンプルの量など)はメートル法で表記している(本書の序盤では、「スタディオン」という別の単位にも触れているが、これは古代ギリシアの距離の単位で、1スタディオンはオリンピック競技場の直線コースの長さに相当した)。

終盤では、工業化や、月からの太陽光発電、2040年代までに人間が活動する大規模な月面基地が建設される可能性といったテーマにスポットを当てながら、近未来を考える。そうした展開はもう目前に迫っている。

奇しくもこの本の出版は、アポロ11号と人類初の月面着陸や、それに先立つアポロ9号と10号のミッション、そしてその後同じ1969年に行われたアポロ12号の月面着陸から50周年に当たる。だが75周年を迎えたとき、月はどうなっているのだろう。この月探査の新時代のなか、そんな未来の一部はすでに実現しはじめている。

[書き手]デイヴィッド・ウォームフラッシュ(宇宙生物学者)
[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語 / デイヴィッド・ウォームフラッシュ
[図説]100のトピックでたどる月と人の歴史と物語
  • 著者:デイヴィッド・ウォームフラッシュ
  • 翻訳:露久保 由美子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(284ページ)
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  • ISBN-10:4562058463
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