爆弾の道
テロリストは、ほかの多くの発明家と同じように、爆弾の独創的なアイデアを思いつく。といって、一から新たにつくるのではなく、歴史から盗み……そして、テロリスト同士で盗み合い、たいていは、建築に使われるものを大量破壊に利用する。その起源をたどれば、1800年代の大砲や火薬樽に使われていた黒色火薬までさかのぼる。その後、アルフレッド・ノーベルの〝厚意〟により、ダイナマイトが登場した(そのダイナマイトから派生して、ゼリグナイトのようなパテ状の爆薬が生まれている)。ダイナマイトは、鉄道建設や、エネルギーを生み出す地下資源の採掘に役立った。一方で、大きな破壊をもたらす可能性があるのも明らかだ。ノーベル自身、数々の爆発物の発明を軍事用に売ることで莫大な富を築くことになる。ところが、奇妙な運命の巡り合わせから、生前、地元紙が誤ってノーベルの死亡を伝える記事を掲載した。記事のなかで彼は「死の商人」と呼ばれていた。その呼び名がのちのちまで世に残ることにひどく動揺したノーベルは、現在ではよく知られているノーベル平和賞を創設した。2017年、ノーベル賞委員会が「核兵器廃絶国際キャンペーン」に同賞を授与したことをノーベルが知ったら、きっと誇りに思ったことだろう。核兵器はもちろん、人類が知る最も破壊的な爆弾だ。
かつては、爆弾魔予備軍が大惨事を引き起こす新しい方法を見つけるのは難しかった。口コミの情報はかぎられた範囲しか広まらず、本はかならずしも最新の情報ではないからだ。それがいまでは、『インスパイア』のような情報源のおかげで、爆発物をつくる斬新な方法がクリックひとつで手に入る。2000年代には、圧力鍋爆弾がブームとなった。キッチンで使う圧力鍋に金属片を詰め、電子機器を使って遠隔操作で起爆するもので、2016年秋、ニューヨーク市のチェルシー地区にそうした爆弾を仕掛けたとして有罪判決を受けたアハマド・ラハミも、友人によれば、『インスパイア』のようなものから情報を得たと言われている。あらゆる危険な反応を利用するために極悪非道な方法を探し求める怒れる人間はあとを絶たない。
アメリカ連邦捜査局(FBI)の爆発物課は、歯磨きペーストやマウスウォッシュのような一見無害な日用品が自動車や飛行機、ビルの爆破に使えるのではないかと問い合わせてくる、民間航空会社、政府関係者、心配する市民らからの無数の電話に毎日対応している。
爆発物は、肥料やオキシドール(過酸化水素)、シンナーなど、一般の消費財に使われるさまざまな化学物質からつくり出されてきた。2001年、パリ発マイアミ行きの飛行中に爆破未遂事件を起こしたイギリス人の「靴爆弾男」リチャード・リードも、格子状の靴底に仕込んだプラスチック爆弾の起爆剤に、そうした化学物質のひとつ(過酸化アセトン、別名TATP)を使っていた。この事件は、1988年のパンナム機爆破事件以来、アメリカ行きの民間航空機を狙った初の大規模テロ攻撃であり、現在でも私たちが空港で靴を脱がなければならない理由でもある。
数年後、対テロ当局は、ロンドンからアメリカに向かう便で10件ものテロ攻撃を未然に阻止したと報告した。犯人らは、TATPの製造に必要な化学物質のひとつを使って揮発性溶液を混ぜる計画だった。航空会社の保安検査で大量の液体を持ち込めなくなったのはこのためだ。
ドラマとは違うリアルな捜査とは
爆弾事件のあとに私や同僚が行う科学捜査は、将来の悲劇を防ぐ道を開くためのものだ。爆弾の材料と犯人の動機がわかれば、彼らが最初の導火線に火をつける前に阻止することができる。課題は、つねに相手の一歩先を行くこと、相手の動きを阻止できるだけの先を見通せることだ。これはチェスのゲームに似ているが、ルークやクイーン、ビショップ、ナイトが予想どおりにたて横ななめに動くのとは違い、1列まるごと全滅させられる「戦闘機」を誰かが持ち出してくる。そうなることを予見する必要がある。相手の一歩先を行くために、私は悪いやつらが読むものを読み、テロリストと同じ材料を使って爆発物をつくることにキャリアの多くを費やしてきた。私の仕事は、こうした連中が何をつくり出そうとしているかを理解し、善良な人々がそれを安全に処理できるように手助けすることだ。
といって、この仕事が愚行と無縁というわけではない。扱っている材料が私に対して「務めを果たす」ことがないように、自分のエゴは抑えておく必要がある。FBIで働きはじめたころ、爆弾技術者向けのトレーニングビデオを同僚の技師と制作したことがある。同僚はのちに、FBIで爆破事件の科学捜査を担当する課全体を率いることになった人物だ。ビデオでは、年少の爆弾犯がよくつくる一般的な爆発物をつくっていった。まず、2リットルのペットボトルに2種類の化学物質を入れる。そこに水を加えると化学反応が始まり、気体が発生してボトルがじょじょに加圧される。最終的には、ボトルを破裂させるほどの気体が発生し、最もよくある用途では、家庭用の郵便受けを吹き飛ばす。
この爆発物の気難しさを知っているだけに、私と同僚は化学物質の量にとても慎重だった。必要最小限の量だけを使い、ボトルのキャップを閉めて待った。そして、待った。やがて、私たちの配合では消極的すぎたことが判明した。その時点で、化学物質の分量を少しずつ増やしていくべきだった。ところが、たぶん私たちはどちらも、反応が起きないことはプロとしての屈辱と考えたのだと思う。
FBIトップの爆弾スペシャリストが、12歳の非行少年少女がつくれる爆弾づくりで失敗するわけにはいかなかった。
読者に爆弾づくりを指南することにならないよう、使用した化学物質の名前は出さないでおく。ただ、ひとつはティンセルに似たものだ。最初の爆弾では、ペットボトルの底にティンセルの小さな山があるだけだった。ところがふたつ目では、まるで誰かがボトルにクリスマスツリーをまるごと詰め込んだようなてんこ盛りになっていた。私はじょうごを手にひざまずき、水を加えた。すると……シューーーーーー! 「やばい」瞬間がすぐそこに迫っていた。
ほんの一瞬、相方と目が合い、ふたり同時に、すぐにその場から離れるのが賢明だと判断した。立っていた彼のほうが、素早く動くことができた。
私のほうは片膝をついていたため、あとずさりするのに一瞬長くかかった。その決定的な一瞬のあいだ、混合物はみるみる気体を発生させ、ボトルが揺れて泡立っていた。私が立ち上がると、ボトルが倒れ、口がこちらを向いた。ふたをするチャンスはなかった。おかげでその口は、ボトルが発射体となって30メートル以上も打ち上がる際、熱湯と有害物質を私に降り注ぐ絶好の噴射口になった。
さいわい、私は安全装備を着けていたし、水をかぶって腐食性の化学物質を洗い流したので、それほどひどい怪我は負わずにすんだ。だが、研究所で最初に私を訓練してくれたFBI捜査官から伝授された格言のひとつを思い出した。「オオカミと一緒に走るなら、くれぐれもつまずいて転ばないようにすること」これまで一、二度しかつまずいたことがないのは幸運だった。
現実では、典型的な『CSI』ものなどめったにない。
なぜか? 爆弾はたいてい爆発するからだ。そして爆発すると、簡単に調べられる証拠だらけのきれいな包装は残らない。高性能爆薬がからんだ犯罪の謎を解くのに必要な科学捜査は、テレビ用につくられた捜査シリーズとはまったく違う。
指紋証拠など忘れることだ。そんなものは粉々に吹き飛んでしまう。価値のあるDNAもめったにない。本物の〝爆弾探偵〟として扱わなければならないのは、破片に、すすに、ひしゃげて散らばった金属片、焼け焦げた人間の遺体だ。そこにあるのは大量殺戮と大混乱。そして、物悲しいサイレンや、鳴り響くクラクション、泣き叫ぶ生存者、ディーゼル燃料と腐敗しはじめた遺体が放つ悪臭のなか、するべき仕事は、ある種、不気味ながらくた集めにより、科学捜査の手掛かりを探し出すことだ。果たすべき使命は、現場を再現するために必要なものを探し、爆発物を再現し、爆弾がどんな見た目だったのか、すべてがばらばらに破壊される前に何が起きたのかを究明し、最終的に悪人に裁きを受けさせ、さらなる攻撃を防ぐことだ。
それが真の爆弾科学捜査だ。地獄に足を踏み入れていくようなものだ。それも、目隠しをしたまま。目の前に何があるかはわからない。道がどこに続いているかもわからない。ただ別の道を探し求め、無駄な憶測をかき分け、科学捜査の手掛かりを見つけながら、じょじょに全容を解明していく。
このプロセスは一朝一夕にはいかない。何週間、何か月、何年もかかることもある。だが、学びのある仕事であり、世界でこれ以上大惨事が起きるのを防ぐための仕事だ。過酷な仕事。ぞっとする仕事。時間がかかり、危険なこともある。そして、文句なく価値のある仕事だ。
[書き手]カーク・イェーガー(FBI主任爆発物科学者)
ラファイエット大学で化学学士号、コーネル大学で無機化学博士号を取得。エネルギー物質研究試験センター(EMRTC)に研究科学者として所属し、研究開発部門副部長に就任。その後、FBI犯罪科学研究所の爆発物課で10年間、物理科学者兼科学調査官を務め、爆破事件現場の分析官として数十か国に派遣された経験をもつ。現在は、FBIの主任爆発物科学者を務める。即席爆発物および即席爆発装置(IED)の分野で30年近い経験をもつ。