書評

『司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録』(言叢社)

  • 2022/12/15
司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録 / 渡辺 公三
司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録
  • 著者:渡辺 公三
  • 出版社:言叢社
  • 装丁:単行本(461ページ)
  • 発売日:2003-02-01
  • ISBN-10:4905913861
  • ISBN-13:978-4905913863
内容紹介:
指紋やDNAなどによる「司法的同一性」の技術が識別し、追跡し、告発し、拘束する「個人」とは、「私さがしゲーム」におけるアイデンティティーや個人主義の「個人」と、どのように重なりどのよ… もっと読む
指紋やDNAなどによる「司法的同一性」の技術が識別し、追跡し、告発し、拘束する「個人」とは、「私さがしゲーム」におけるアイデンティティーや個人主義の「個人」と、どのように重なりどのように異なるのか。いま世界中で急速に進められている個人情報のデジタル化は、「司法的同一性」の究極の姿ではないか。個人のアイデンティティー幻想が、近代システムとしての市民管理技術と表裏一体の相補性をもつことを明らかにした問題提起の本。

「個人の確証」追求する欲望の正体

わたしたちはさまざまな経験をし、ときに取り消しえない衝撃にも見舞われて、歳(とし)とともに変わってゆく。その過程で、これまでのわたしの人生は何だったのか、これからわたしはどう生きていけばいいのか、そういう問いに始終つきまとわれる。

が、この社会でわたしが「わたし」であることが証明されるのは、そんな問いとは無関係な次元においてである。「認証」や「鑑別」。そう、指紋や声紋、さらには眼(め)の虹彩(こうさい)のパターンや眼底の血管分布、DNA解析などによってである。物質としての身体に刻印されたしるし(徴)が、社会的に登記された「わたし」のしるし(標)へと直結する。わたしが自身のあずかり知らぬ徴に引きずり戻らされるという忌々(いまいま)しさ。

が、それを忌々しく思うわたしもまた、わたしにとっての「わたし」という同一性に賭けている。それに、これらの個体認証法は、指紋による商取引やネット上での決済といったシステムの出現とともに、「わたし」のセキュリティを確保する手段にもなっている。わたしがわたしであるためにますます深く個人の識別・登録・照合の精緻(せいち)なシステムに組み込まれてゆかざるをえない……。

こうした忌々しさをつのらせるなかで、渡辺公三はそのような同一性への欲望の正体を問いつめる作業に突っ込んでいった。ベルティヨンの身体計測からゴルトンによる指紋判別へと展開してきた個人識別法の歴史をたどるなかで、個人の同一性の確証が科学と政治のどのような結託のなかで追求されたかを浮かび上がらせた。遺伝理論や「人種」の人類学と「混血」恐怖の隠れたつながりを、共和国の国民形成と犯罪者の取り締まりと徴兵制と植民地支配との連係を、とにかく子細に。

こうした他者の管理機構の形成に深く加担してきた十九世紀人類学は、二十世紀に他者の「聞き取りの技」へと転回することで、同一性へのこの強迫的な問いをほんとうに超えられたのか。「人類学者」としての渡辺の問いは、最後にそこへ向かう。
司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録 / 渡辺 公三
司法的同一性の誕生―市民社会における個体識別と登録
  • 著者:渡辺 公三
  • 出版社:言叢社
  • 装丁:単行本(461ページ)
  • 発売日:2003-02-01
  • ISBN-10:4905913861
  • ISBN-13:978-4905913863
内容紹介:
指紋やDNAなどによる「司法的同一性」の技術が識別し、追跡し、告発し、拘束する「個人」とは、「私さがしゲーム」におけるアイデンティティーや個人主義の「個人」と、どのように重なりどのよ… もっと読む
指紋やDNAなどによる「司法的同一性」の技術が識別し、追跡し、告発し、拘束する「個人」とは、「私さがしゲーム」におけるアイデンティティーや個人主義の「個人」と、どのように重なりどのように異なるのか。いま世界中で急速に進められている個人情報のデジタル化は、「司法的同一性」の究極の姿ではないか。個人のアイデンティティー幻想が、近代システムとしての市民管理技術と表裏一体の相補性をもつことを明らかにした問題提起の本。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2003年5月4日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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