書評

『日本の科学/技術はどこへいくのか』(岩波書店)

  • 2023/09/25
日本の科学/技術はどこへいくのか / 中島 秀人
日本の科学/技術はどこへいくのか
  • 著者:中島 秀人
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(251ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4000263455
  • ISBN-13:978-4000263450
内容紹介:
科学/技術の未来に向けて、期待と不安が錯綜している。膨大な科学予算が投下され、専門化と実用化が進むいっぽう、若者の科学離れが叫ばれる。科学/技術の進歩が引き起こす様々な社会問題に、科学者は目を背けてはいないか。科学/技術の研究現場に足場を置きつつ、社会と科学を架橋するための創意に富んだ提言。

市民との公共的な討議で方向の模索を

大学における研究で科学技術系が占めるウエートは破格的に大きい。研究に投じられる予算はある種バブル状態にあるし、そのぶん、リーダーは性急に成果を求められながら、しかし研究に従事する間もなく、次の競争資金の獲得のため企画書を書くビジネスマンのようなあわただしい生活を強いられている。いわゆる「書面戦争」である。そんな状況が学問へのあこがれを駆るはずもなく、若い世代の理科離れは進み、いずれ人材不足も深刻な問題となりそうだ。

他方、科学技術の「暴走」への不安も市民のあいだに高まりつつある。薬害訴訟、原発の事故隠し、地下鉄サリン事件、牛海綿状脳症(BSE)問題、輸入食品の農薬汚染、インターネットでの個人情報流出といった事件があり、地球温暖化問題や遺伝子組み換え食品の安全性という問題があり、さらに先端医療における生命操作を倫理的に危ぶむ声も小さくない。

現代生活に多大な恩恵をもたらしたはずの科学技術はいま、わたしたちの日常生活の至近距離で、こうした問題を抱え込むにいたっている。なのに、科学技術にいま何が起こっているのか、その現状は正確に知られていない。

「自律した」科学から、「社会に開かれた」科学への、とはいえ実のところは国家や産業のミッションに過剰なまでに浸蝕(しんしょく)された科学への、転換。科学技術史の光と影を丹念に読み解いてきた著者は、科学論ですら掴(つか)みあぐねているその実態に踏み込んで、問題を一つ一つ焙(あぶ)りだす。

科学技術の進歩が理想的な社会を生みだすという幻想はもう通用しない。消費生活から国家戦略まで、「一般社会の誰もが科学技術の利害当事者になった」がゆえに、科学技術のシビリアンコントロールが不可欠になっている。では、科学技術の「正しいガバナンス」は何を基準に計られるべきか。その方向は、市場ではなく、科学者・技術者と市民との公共的な討議のなかで模索されるしかないと著者はいう。そのためには「媒介の専門家」の養成が急務だ、と。市民も科学論者も、正負の過剰な反応をくり返している場合ではないと言いたいのだろう。
日本の科学/技術はどこへいくのか / 中島 秀人
日本の科学/技術はどこへいくのか
  • 著者:中島 秀人
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(251ページ)
  • 発売日:2006-01-20
  • ISBN-10:4000263455
  • ISBN-13:978-4000263450
内容紹介:
科学/技術の未来に向けて、期待と不安が錯綜している。膨大な科学予算が投下され、専門化と実用化が進むいっぽう、若者の科学離れが叫ばれる。科学/技術の進歩が引き起こす様々な社会問題に、科学者は目を背けてはいないか。科学/技術の研究現場に足場を置きつつ、社会と科学を架橋するための創意に富んだ提言。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2006年2月26日

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