コラム

ラース・チットカ『ハチは心をもっている 1匹が秘める驚異の知性、そして意識』(みすず書房)、デイヴィッド・シール『タコの精神生活 知られざる心と生態』(草思社)

  • 2025/05/22
ハチは心をもっている――1匹が秘める驚異の知性、そして意識 / ラース・チットカ
ハチは心をもっている――1匹が秘める驚異の知性、そして意識
  • 著者:ラース・チットカ
  • 翻訳:今西 康子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(352ページ)
  • 発売日:2025-02-19
  • ISBN-10:4622097672
  • ISBN-13:978-4622097679
内容紹介:
ハチは「群知能」だけでなく、1匹1匹も高度に進化した心をもっていた! ハナバチの認知研究の権威である著者が、1匹の内にある驚くべき精神生活を説き明かす。もちろん、ハチの心は人間の心と… もっと読む
ハチは「群知能」だけでなく、1匹1匹も高度に進化した心をもっていた! ハナバチの認知研究の権威である著者が、1匹の内にある驚くべき精神生活を説き明かす。
もちろん、ハチの心は人間の心とはまったく異なる。しかしハチの心が「原始的」だと思ったら大間違い。本書の読者はまず、ハチの賢さに驚嘆するだろう。どんな課題もたちどころに学習し、瞬時に効率のよい判断を下して問題解決する。数を数え、道具を使い、ほかのハチやほかの動物から問題解決の方法を盗みさえする、等々……。この速くて柔軟な心は、採餌や帰巣の必要、ハチの形態やサイズなどに適う方向へ、進化の手が精巧に磨き上げてきたものだ。
ファーブル、カール・フォン・フリッシュ、マルティン・リンダウアー、そしてもちろん著者自身も含め、数多の研究者たちがアイデアを凝らした巧妙な実験によって、その「異なる心」の解明に挑んできた。ハチの内面を探る実験のおもしろさも本書の大きな読みどころの一つだ。
著者はハチの個体が「パーソナリティ」をもち、「自他」を区別し、内的表象を形成し、苦痛や情動を経験するといった心的機能も探っている。本書を読む前と後で、ハチはもちろん、すべての昆虫への見方が変わらずにはいられない。

目次
1 はじめに
2 不思議な色で世界を見ている
3 ハチの異質な感覚世界
4 「単なる本能」なのか?
5 ハチの知能とコミュニケーションの起源
6 空間についての学習
7 花についての学習
8 社会的学習と「群知能」
9 そのすべてを背後で支えている脳
10 ハチの「パーソナリティ」の個体差
11 ハチに意識はあるか?
12 終わりに―ハチの心に関する知識はハチの保全にどんな意味をもつか

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タコの精神生活: 知られざる心と生態 / デイヴィッド・シール
タコの精神生活: 知られざる心と生態
  • 著者:デイヴィッド・シール
  • 翻訳:木高恵子
  • 出版社:草思社
  • 装丁:単行本(376ページ)
  • 発売日:2024-11-15
  • ISBN-10:4794227515
  • ISBN-13:978-4794227515
内容紹介:
タコは群れるし、夢も見る!タコ研究の第一人者による、タコの最前線。◎ピーター・ゴドフリー=スミス絶賛◎タコはどのように世界を見て、どんな価値観にもとづいて物事を判断するのだろう… もっと読む
タコは群れるし、夢も見る!
タコ研究の第一人者による、タコの最前線。

◎ピーター・ゴドフリー=スミス絶賛◎

タコはどのように世界を見て、
どんな価値観にもとづいて物事を判断するのだろうか。
タコ研究の第一人者による長年の研究や、タコにまつわる先住民の伝承を織り交ぜ、
知的で奇妙でいとおしいこの海の住人の生態と内面にまつわる、
驚くべき発見の数々について語る。

「魅了された。この動物に対するシールの独自の視点、刺激的な文章、そしてアラスカの伝統文化との関わりによって、本書はタコについての本の中でも最も奥深いものとなった。」ピーター・ゴドフリー=スミス(『タコの心身問題』)

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多様な生物の能力を知り、活かしたい

近年チンパンジーをはじめ魚も含め脊椎(せきつい)動物には心という言葉を用いるようになってきた。

ここではハチとタコという無脊椎動物の研究者が、心、知性、意識、という言葉で彼らの行動を語る。人間の脳につながる機能の根は、5億年より前から存在することを示すことになる。

ハチでは社会性や蜜集めの行動に注目する。色彩学習の速度はハチが一番、それに魚類、鳥類が続き、ヒトの幼児が一番遅かった。機械刺激の受容体をもつ触角で、電気刺激も味も感じるハチは、さまざまな面で人間より優れた反応をする。それぞれがそれぞれに獲得した感覚能で世界を見ているのであり、比べることには意味がない。

社会性が強調されてきたハチが、花の蜜にアクセスする動作の獲得にかかる時間などに個体差が見え、能力によって分業しているのも興味深い。狭い場所を通り抜ける時に体を斜めにするマルハナバチは、体の大きさを認識、つまり自己イメージをもっていると考えた著者は、ハチの意識という問いを立てる。

ハチとは逆に単体行動をとり、共食いをするとされてきたタコに、集団行動が見られた。オーストラリアで、互いが見える範囲で興味を示し合い、巣穴を奪おうとする新参者を、近くのタコが追い出すという観察もある。タコの社会性というテーマが生まれた。

研究室で飼育していたタコが、急に積極的になったのは、隣の水槽にいた大きなタコを海に戻し、代わりに小さなタコを入れた時である。タコは両眼視ができないが、対象の自分との距離や大きさを捉えることはできるのだ。色はわからないが、偏光を識別できるので、これまた人間とは異なる能力で世界に対応している。

皮膚には眼と同じ感覚性分子とさまざまな色素胞があり、それらの伸縮によって皮膚に模様をつくり、捕食者を見た時、異性に出会った時など、さまざまな場面で特定の模様になる。ある時、眠っているタコの腕先がピクピク動き、体の模様が波のように体全体を移動し始めた。この変化を追えば、夢を見ていることが分かるかもしれない。著者の夢である。

どちらも更なる研究が必要な段階ではあるが、興味深いのは、著者らの態度だ。「自分がハチになったつもりで、日常世界のどんな側面が自分にとって重要か、それはなぜなのかを考えてみるといい」、「私はタコがどのように生き、どのように世界を体験しているのか知りたかった」。科学は自然を外から見て客観的事実を語るものであり、対象に入り込むことは禁じられてきた。しかし相手を知るには相手になった気になるのが一番だ。小さな生きものをよく見つめ、そこから学ぶことで地球でのよい生き方を考える時代になったのだ。心、意識、知性などの解明はこれからだが、人間の能力で集めた大量のデータだけを振り回すより、多様な生きものの能力を知り、それを活かす方が、間違いなくより豊かで楽しい暮らしが生まれると思っている。
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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年3月15日

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