書評

『にほんの建築家―伊東豊雄・観察記』(筑摩書房)

  • 2023/07/02
にほんの建築家―伊東豊雄・観察記 / 瀧口 範子
にほんの建築家―伊東豊雄・観察記
  • 著者:瀧口 範子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(350ページ)
  • 発売日:2012-09-01
  • ISBN-10:4480429808
  • ISBN-13:978-4480429803
内容紹介:
「走りつづけていれば、必ず何が問題か見えてくる」。ジャーナリスト・瀧口範子による、トップランナーの解体新書。世界を飛び回る建築家・伊東豊雄に密着し、その創造力の源を探りだす。妥協を許さない建築家からこぼれる言葉の数々は、職業のジャンルを越えて、現代に生きるすべての人々の胸に深く響いてくる。文庫化にあたり、新たに2012年までの活動を増補。

「静かな革命家」に密着して描いた肖像

個々人の情熱、企業の財務、行政との押し問答が複雑に絡まりあうその渦中に立ち、数日の出張でベネチア、ミラノ、パリ、あるいはバルセロナの建設現場や展覧会場を回り、帰国すればこんどは、日本地図を縦横斜めに切り裂くかのように事務所と現場と学校を飛び回る。そんな移動生活のなかで、ひとり、ずっと、だれも考えたことのない空間をあたまのなかで感じ、組み立て、しぶとく発酵させている……。かくも頑固で緻密(ちみつ)、それでいてじつにノンシャラン(力が抜けて無頓着なのだがどこか物憂げ)な男。本書は、建築の最前線で爪先(つまさき)だっている男の、言ってみれば密着取材記である。

70年代は、広間が白く円弧に続く「中野本町の家」、80年代は、内/外の境を溶解させた半透明な「シルバーハット」というふうに、都市と消費社会の変容に真正面から向きあってきたこの建築家は、いま、柱ではなく外壁に構造の役を担わせる布のような建築(たとえば「トッズ表参道ビル」)、あるいは内と外が反転するチューブのような建築(ゲント市文化フォーラム・プラン)にはまっている。「道を究める」のが嫌い、「茶碗(ちゃわん)をなでるように、洗練させていくだけのような建築のアプローチは嫌いだ」と言い切る伊東らしい、大きな旋回である。

その伊東に密着して、事務所での議論、施主との対話、講演や授業をつぶさに観察したのは瀧口範子。細胞が増殖するかのようなうねる曲線だらけのスケッチをのぞき込み、会話の端々に注意し、顔面に走る微細な異変を鋭くキャッチし、ポップとシックをきわどいところで両立させるその服装をぬかりなく報告し……というふうに、伊東の建築とおなじくディテールにこだわりながら、それでいて彼がいま建築のどんな問題にぶつかり、どんな刃を研いでいるかを、距離を置いて思想的にきちんととらえる。

とんでもないことを考えつく、だれも即座についていけない、激しい怒りがいつ発火するかわからない、そんな緊張感と、ただ居眠りしているだけともみえるポーカーフェース。瀧口はこの静かな革命家の肖像をスリリングに描ききった。
にほんの建築家―伊東豊雄・観察記 / 瀧口 範子
にほんの建築家―伊東豊雄・観察記
  • 著者:瀧口 範子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(350ページ)
  • 発売日:2012-09-01
  • ISBN-10:4480429808
  • ISBN-13:978-4480429803
内容紹介:
「走りつづけていれば、必ず何が問題か見えてくる」。ジャーナリスト・瀧口範子による、トップランナーの解体新書。世界を飛び回る建築家・伊東豊雄に密着し、その創造力の源を探りだす。妥協を許さない建築家からこぼれる言葉の数々は、職業のジャンルを越えて、現代に生きるすべての人々の胸に深く響いてくる。文庫化にあたり、新たに2012年までの活動を増補。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2006年3月26日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
鷲田 清一の書評/解説/選評
ページトップへ