書評

『VANから遠く離れて――評伝石津謙介』(岩波書店)

  • 2023/08/07
VANから遠く離れて――評伝石津謙介 / 佐山 一郎
VANから遠く離れて――評伝石津謙介
  • 著者:佐山 一郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2012-03-24
  • ISBN-10:4000222228
  • ISBN-13:978-4000222228
内容紹介:
岡山での幼少期から「飛行の夢」に象徴的なモダニズム文化の影響。敗戦まで暮らした中国・天津の日本租界。VANの創業と倒産からその後の評論活動…。石津謙介(1911‐2005)の生涯と思想をアイビー・スタイルの提唱者としてのノスタルジーだけではなく、戦後史や都市文化との関係の中に位置づけ、日本人のライフスタイルを主導した意味を問い直す。

先見性を養った人脈と反骨 

戦後はじめて10代男子がファッションに心も体もかきむしられた時期がある。60年代、その火をつけたのがVANの石津謙介だ。以後、消費文化がミドルティーンにまで下降し、ファッショナブルという感覚が衣服を越えて生活文化全体にまで広がっていった。著者の言葉でいえば、市場がはじめて「文化的基礎」を必要とした時代であった。

VANにかぶれたこの反抗の世代は、石津に「代理父祖(ゴッドファーザー)」を見た。だからやがて父親殺しの対象にもした。VANは、創業から倒産にいたるおよそ四半世紀間、まるでジェットコースターのような社歴を刻んだ。10代の経験がわだかまったままの著者は、煽(あお)られのさなかにあって自分がほんとうに触れていたものが何かを検証するために、いわば遠近法を組み換えて、晩年の石津と繁(しげ)く向きあう。

石津は3度、無一文になった。家業が立ち行かなくなって天津へと脱出したとき、敗戦後の引き揚げのとき、そしてVANが倒産したとき。が、この倒産には「先見性を使い果たしての『蕩尽(とうじん)』イメージ」があると、著者はいう。

その先見性を養ったものを、著者は、若き日の6年半にわたる大陸での生活、左翼系演劇人との交友、京大事件の瀧川幸辰や考現学の今和次郎らとの意外な接点に探る。くわえて、その生涯を貫く「反骨」と「旦那」のふるまいに。

地べたの意気地も見逃せない。引き揚げの船内で歌謡コンクールがあり、女装までして歌い、優勝をもぎ取った話がある。空腹で泣く子らのために賞品の煙草(たばこ)を2等賞品の乾パンと取り替えてもらうためだった。同じダンディでも、白洲次郎のように貴族的(ノーブル)ではなく、市民的(シヴィル)だった。

VAN主義者に約(つづ)めようのない石津を仔細(しさい)に見つめるなかで、VANから離れても自分のなかで疼(うず)きつづけていた両価感情を解剖しつつ、それを愛惜へと浄化してゆくその筆致が、ちょっと、痛い。
VANから遠く離れて――評伝石津謙介 / 佐山 一郎
VANから遠く離れて――評伝石津謙介
  • 著者:佐山 一郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2012-03-24
  • ISBN-10:4000222228
  • ISBN-13:978-4000222228
内容紹介:
岡山での幼少期から「飛行の夢」に象徴的なモダニズム文化の影響。敗戦まで暮らした中国・天津の日本租界。VANの創業と倒産からその後の評論活動…。石津謙介(1911‐2005)の生涯と思想をアイビー・スタイルの提唱者としてのノスタルジーだけではなく、戦後史や都市文化との関係の中に位置づけ、日本人のライフスタイルを主導した意味を問い直す。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年5月20日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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