自著解説

『強い内閣と近代日本: 国策決定の主導権確保へ』(吉川弘文館)

  • 2021/10/15
強い内閣と近代日本: 国策決定の主導権確保へ / 関口 哲矢
強い内閣と近代日本: 国策決定の主導権確保へ
  • 著者:関口 哲矢
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2020-12-28
  • ISBN-10:4642083936
  • ISBN-13:978-4642083935
内容紹介:
近代内閣が取り組んだ内閣機能強化策を、制度や組織運営に着目し評価。近代政治の歩みを総括し、現代政治の課題解決の糸口を探る。

教訓としたい「強い内閣」の追求

「強さ」にあこがれを抱く者は多いだろう。一方で、和を重んじるのが美徳と考える者もいる。「強い内閣」とはこの両面に留意し、ひたすら強権を発動するのではなく、閣内統制と閣内調整の使い分けができる存在なのではないだろうか。本書ではさらに、政治の安定を持続させる能力や、危機を未然に防ぐ能力も、「強い内閣」の要件に含めた。強さの追求は一筋縄ではいかない。

「強い内閣」を築く難しさを、もう少しみていこう。多人数で話しあえばよい知恵が出て意思決定に利益となるという考え方がある。しかしその分、意思決定は遅くなる。だからといっていきなりトップダウンで決定すれば、方々からの反発は必至となる。

組織もおなじであり、組織が大きくなればなるほど意思決定は鈍化する。組織が増えれば増えるほど、やはり鈍化する。2001年の中央省庁等改革で省庁の数を減らしたことを想起すればわかりやすい。〇〇調査会といった組織の乱立も警戒すべきであり、意思決定の交通渋滞を来しかねない。〇〇特命担当大臣といった大臣数の増加も、意思の統一を複雑にする危険がある。

意思決定の強力化は、近代でも現代でも、政治が避けて通れない関門である。下で述べるように、近現代の政治には類似する面が多い。であるのに、両時代を関連づけて課題解決を試みる機会が少ないのが現状ではないか。「強い内閣」を実現する特効薬はないが、近代の歩みをたどることで、現代への教訓を数多くみつけることはできる。それが本書の執筆動機であった。

本書は旧憲法(大日本帝国憲法)の時代を取り上げている。現在は日本国憲法下にあるため、政治機構は大きく変わったと思われるかもしれない。だが、意外に共通点も多い。内閣が存在し首相やそのほかの国務大臣がいて、国務大臣が各省の行政長官を兼ねる。各省庁では官僚が政策形成に取り組んでいる。政治家は閣議で政策の最終決定を行い、国の方針を決めている。こうした共通性ゆえに得られる教訓はもちろん、両憲法下で異なる面についても切り捨てず、「強い内閣」を実現しようとする執念を、本書から感じ取ってもらえたらと思う。

旧憲法下の特徴は、組織の設置が憲法問題に直結する点にあろう。旧憲法では行政権が天皇に存在した。内閣を構成する国務大臣にはそれを輔弼(補佐)する責務があり、旧憲法第55条に示されている。したがって、内閣以外に同種の組織を設けることは憲法違反の疑いをもたれやすい。各国務大臣が個別に輔弼責任をゆうするため、全国務大臣の意見を一致させることも困難であった。

また、内閣官制という勅令には、国務大臣と行政長官の兼務が常態と解釈できる部分がある。大臣が行政長官という立場を強くすればするほど、国益よりも省益を重視する傾向が強くなる。首相にとっても、国益を重視する相談相手がいないのは心細い。そこで近代では、国務大臣と行政長官を分離する案が出てきた。内閣制度の発足前の太政官制下でもおなじ手法がみられる。最初から行政長官を兼ねない国務大臣(無任所相)の設置も検討され、実現に至った。ほぼ近代のどの時期にも同種の強化策が検討された好例である。

旧憲法下の特徴のもう1つは、軍とのかかわりである。政党内閣期であっても陸海相は武官に限られ、政党員からは任用されなかった。軍事行政のみならず、戦略面にも関与するという特殊性が重視されたためである。逆にいえば、陸海相を含めた全閣僚を政党員でそろえられれば、「強い内閣」が構築できる可能性が高まるということでもある。本書では陸海相を文官から採用しようとする議論を継続的に追った。

本書は意思決定に対する内閣の迷いや苦しみを描いているが、それだけにとどまらない。対外戦争の連鎖を生み出した責任を、意思決定の混迷に求めた。「戦時下の内閣は、軍の暴走の被害者か?」は本書の帯の一案であり、内閣が戦争に主体的に関与した責任からはまぬがれないことを表現したものである。「戦時」とは日中戦争からアジア・太平洋戦争にかけての時期を指すが、近代全体を通した内閣の意思決定の問題ととらえていただくほうが望ましい。「強い内閣」をめぐる各勢力との協調・対立の繰り返しは、対外戦争を強力に進めるための国家内部の戦争であった。明治期から連綿とつづいてきた制度運用のなかに、戦争へとつながる芽がなかったのかを点検するのも本書の重要な目的である。

本書では「強い内閣」を築くための聞きなれない手法が膨大に登場するため、読者を迷路に誘い込む内容になっているかもしれない。しかしあえてその迷路に踏み込むことで、一見すると何の脈絡もない内閣強化策が前後でつながり、やがて一本の線で近代が編まれていく感覚を得ることができるだろう。読者が生活のなかで決断に苦慮したとき、“近代内閣の歩みに解決手段があるのではないか”などと思っていただけたら、これに勝るよろこびはない。

[書き手] 関口 哲矢(せきぐち てつや)1974年生まれ。日本近現代史専攻、大同大学他非常勤講師。
強い内閣と近代日本: 国策決定の主導権確保へ / 関口 哲矢
強い内閣と近代日本: 国策決定の主導権確保へ
  • 著者:関口 哲矢
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2020-12-28
  • ISBN-10:4642083936
  • ISBN-13:978-4642083935
内容紹介:
近代内閣が取り組んだ内閣機能強化策を、制度や組織運営に着目し評価。近代政治の歩みを総括し、現代政治の課題解決の糸口を探る。

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