書評

『琥珀のまたたき』(講談社)

  • 2021/11/03
琥珀のまたたき / 小川 洋子
琥珀のまたたき
  • 著者:小川 洋子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2018-12-14
  • ISBN-10:4065139961
  • ISBN-13:978-4065139967
内容紹介:
閉ざされた家で暮らす、オパール、琥珀、瑪瑙の三きょうだい。密やかな世界に隠された美しく切ない物語を描く、小川文学の粋の結晶。

脆くはかない人間の生の輝き

母が作り出した閉塞的な環境で、子どもたちはどのように生き、育つのか。小川洋子の長編小説『琥珀のまたたき』は、その環境での日々とやがて訪れる崩壊を、何かを糾弾する視点からは離れた方法によって描く。

四人の子どものうち、妹が病で命を落とす。それを機に母は引っ越しを決意する。行き先は、父が残した別荘。母のアイデアで、子どもたちは『こども理科図鑑』のページを指さして自分の新たな名前を決める。三人はオパール、琥珀、瑪瑙(めのう)となる。「壁の外には出られません」。母の決めたルールは他にもある。小さな声で話すことなどだ。

子どもたちが母に逆らわないのは、妹の死という衝撃を共有しているからでもある。外界からほとんど遮断された場でも、遊びは次々と編み出され、物語が生まれる。どんなに閉じられている場にも、想像の自由はある。

庭の雑草を食べるために連れて来られるロバのボイラー。自転車に品物を積んで訪れるよろず屋ジョー。外の空気を運び入れるものにも触れて、子どもたちはそれぞれ成長する。最初は完璧な均衡を見せていたかのような環境が、少しずつ綻(ほころ)びる。いつまでも子どもたちと閉じこもっていたい。そんな母の願望は、打ち砕かれる。

この小説は、アンバー氏と呼ばれる晩年の琥珀の姿も捉える。「芸術の館」に暮らす氏は、図鑑の片隅に描いた絵を「一瞬の展覧会」として人々に見せる。それは家族との過去を思い起こさせるものであり、氏にとって、とても大切な営みだ。氏は自らを琥珀に閉じ込めているのだろう。容赦ない変化に対する、無自覚な抵抗のかたち。

地層の中でゆっくりと形を成し、いつか掘り出されるもの。三人の鉱物や化石の名には、時間の手に握られている人間の脆(もろ)さ、はかなさがある。ひっそりとした生の輝きを、物語の器が受けとめる。
琥珀のまたたき / 小川 洋子
琥珀のまたたき
  • 著者:小川 洋子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2018-12-14
  • ISBN-10:4065139961
  • ISBN-13:978-4065139967
内容紹介:
閉ざされた家で暮らす、オパール、琥珀、瑪瑙の三きょうだい。密やかな世界に隠された美しく切ない物語を描く、小川文学の粋の結晶。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2015年10月25日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
蜂飼 耳の書評/解説/選評
ページトップへ