書評

『核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン』(吉川弘文館)

  • 2022/04/27
核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン / 瀬川 高央
核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン
  • 著者:瀬川 高央
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2019-10-24
  • ISBN-10:4642083626
  • ISBN-13:978-4642083621
内容紹介:
東西冷戦後、核軍縮が進んだ。安全保障上の利害の異なる関係諸国が、いかに核拡散の脅威を低減する合意を成立させてきたかを解明。

核軍縮・不拡散に関する事例を丹念に整理
INFとウクライナ問題、北朝鮮の核開発とイランの核疑惑問題を時系列的にまとめる

2017年の核兵器禁止条約の採択にもかかわらず、核兵器をめぐる国際的な情勢は緊張が高まっているというのが一般的な印象であろう。その中でも昨今大きな問題となっている米ロ間の中距離核戦力(INF)問題、ウクライナ問題、北朝鮮の核開発およびイランの核疑惑問題を時系列的に丁寧にまとめたのが本書である。これらの問題は頻繁にマスコミでも言及され、しばしば専門家による解説も付されているが、新しい展開が見られる度に目の前の局面に対する情報が主に提供され、そこに至るまでの経過や背景が十分に説明されているとは言い難い。特に専門家ではなく一般の人々にとっては、新しい展開があったからといって、いちいち問題の発端やそこにいたるまでの経緯について振り返ってニュースに接することは少ないであろう。そのため、目の前の局面のみで判断しがちになり、核兵器をめぐる国際情勢に関し表面的な印象以上のものを持つことができないか、誤った解釈をしてしまう可能性も小さくない。そのような事態を避けるためには、本書を一読しておくことをお薦めしたい。

まずINFに関し、すでに「冷戦」を教科書でしか知らない世代が大学・大学院で学んでいることを考えれば、INF全廃条約の成立の背景、経緯およびその影響を理解しておくことは、「冷戦」という特殊な時代の中で、どのように核兵器が位置付けられていたかという問題を理解するうえで極めて有益であろう。また、INFの廃止は欧州情勢に端を発していることは間違いないが、それがどのようにアジアに波及し、特にその中で日本がどのような役割を果たしたのかはあまり触れられることがないテーマであり、その点を詳細に論じていることは重要である。半面、NATO加盟の欧州諸国の反応がデカップリング論のみで、米国によるパーシングⅡ配備により現実味を帯び始めた欧州での「限定核戦争論」とそれに対するNATO諸国の懸念、反核運動の拡がりについての言及がないのは少し残念である。欧州諸国のINFに対する危惧には、それが欧州に限定しての米ソの核戦争を可能にするものだという認識が含まれていたことは否定できないからである。

ウクライナ問題については、日本ではロシアとウクライナとの緊張関係が主に注目されているが、その重要な発端の一つに旧ソ連の核兵器の処理の問題が絡んでいたことはあまり知られていない。ロシアとウクライナの間の国境をめぐる摩擦は、日本や米国を含め、多くの国々にとって自国に直接かかわる問題ではない。しかし、ソ連の崩壊に伴う旧ソ連の核兵器の拡散の可能性はすべての国にとって潜在的に深刻な脅威だった。そのことを再確認し、ブダぺスト覚書の作成と米英の関与の意味を、核不拡散の枠組みの中で考え直すことは、ウクライナ紛争が単なる地域紛争に止まらない性格を持っていることをあらためて認識させるものである。

北朝鮮の核開発は、核に関し今日本人が一番関心を持っているテーマであろう。その反面、ややもすると北朝鮮の体制の特異性ばかりが強調され、あるいは北朝鮮を一方的に「悪者」として批判しがちな論調が目立つ中で、情勢の推移を客観的に把握しておくことは、問題を冷静に理解し、適切な対応を考えるうえで不可欠である。そのような観点から、本書の記述はとても有益である。北朝鮮の内部事情や政策決定過程が著しく透明性を欠いているという状況では、北朝鮮側の意図や方針については推測に基づかざるを得ない部分が多くなるのはやむを得ないことである。しかし、不用意に米側の主張に偏ることなく、バランスのとれた内容となっている。

イランの核疑惑は、米国の強硬姿勢ばかりが目立ち、問題の本質が見えにくくなっている側面がある。ここではその発端から現状までの経緯が簡潔にまとめられており、現在深刻になりつつあるイラン情勢を理解するうえでも有益である。しかし、イランに関する記述については、「濃縮」と「再処理」が繰り返し併記されているために、若干わかり難い部分がある。イランに対してIAEAや各国が要求しているのは確かに「濃縮」と「再処理」の両方の規制であるが、実際にイランが進めているのは「濃縮」のみであり、問題として指摘されているのも「濃縮」である。「再処理」についてはイランが現実に取り組んでいるという情報が無いだけでなく、イラン政府も原子力平和利用の権利の一環として留保する姿勢は示すものの、具体的な計画は現時点では無いとしている。この点は明確に区別しておくべきであろう。特に201頁で低濃縮のウランを「再処理」し、高濃縮のウランを製造するかのような記述があるが、これは「再濃縮」であり、「再処理」ではない。この記述では、文脈からいっても一般の読者が「濃縮」と「再処理」の区別について混乱する可能性もあろう。

最後に、核軍縮・不拡散に関する四つの事例を丹念に整理した本書は、様々な局面で参考とするに極めて有益な内容となっているが、そこから著者なりの結論には至らず終わっている点が惜しまれる。もちろん取り上げている四つの事例は様々な点で異なっており、著者の言うとおり同じ分析枠組みを使って一様に論じることは困難であろう。しかし、本書をまとめるに要したであろう労苦を考えると、やはり著者なりの見解を明らかにして欲しかった気がする。本書を基盤として、いずれ著者なりの分析結果が著わされることを期待したい。

[書き手]  広瀬 訓(ひろせ さとし・長崎大学核兵器廃絶研究センター教授)
核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン / 瀬川 高央
核軍縮の現代史: 北朝鮮・ウクライナ・イラン
  • 著者:瀬川 高央
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(249ページ)
  • 発売日:2019-10-24
  • ISBN-10:4642083626
  • ISBN-13:978-4642083621
内容紹介:
東西冷戦後、核軍縮が進んだ。安全保障上の利害の異なる関係諸国が、いかに核拡散の脅威を低減する合意を成立させてきたかを解明。

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図書新聞

図書新聞 2020年3月21日

週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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