後書き

『緯度を測った男たち:18世紀、世界初の国際科学遠征隊の記録』(原書房)

  • 2022/06/16
緯度を測った男たち:18世紀、世界初の国際科学遠征隊の記録 / ニコラス・クレーン
緯度を測った男たち:18世紀、世界初の国際科学遠征隊の記録
  • 著者:ニコラス・クレーン
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2022-05-25
  • ISBN-10:4562071818
  • ISBN-13:978-4562071814
内容紹介:
地球の本当の形を明らかにする「緯度1度」の長さを求め、フランス科学アカデミーが派遣した世界初の国際科学科学遠征隊の記録
地球の正しい形をめぐって、フランス科学アカデミーの見解はデカルト派とニュートン派とに分かれ対立していた。1735年、その真実をときあかすために、赤道へと派遣された測量隊の驚異の航海とその成果を克明に描き出した書籍『緯度を測った男たち』から、訳者あとがきを公開します。

無数の名もなき人々に支えられた偉業

地球は丸い。それは小学生でも知っている。だが、それは完全な球体なのか?

両極が平たい回転楕円体である、との説を唱えたのはアイザック・ニュートンだ。地球は自転しているので遠心力によって赤道付近がふくらみ、そのため扁平な形になっているという。しかし、どうやって証明すればいい? 〝地球を測る〟ことによってそれを立証したのが、本書の主人公たる赤道測地測量隊(Geodesic Mission to the Equator)である。フランスとスペインからの学者や技師や軍人から成る測量隊は、赤道付近で緯度一度の距離を測り、ほかの地点での距離と比べて地球の形を見きわめようとした。

とはいえ、それは簡単なことではない。当時は18世紀、もちろん飛行機も自動車も誕生していない。三角測量によって距離を測るには、馬やラバに乗り、あるいは歩いて、山に登ったり谷に下りたりしてひたすら観測を行うしかない。そもそも、ヨーロッパから目的地である南米の赤道地帯まで行くだけでも1年を要した。その後測量を始めてからも、高度数千メートルの山に登って高山病になったり、吹雪の中でテントに閉じ込められたり、道に迷ったり、熱病に侵されたりと、さまざまな困難に遭遇する。

彼らの苦労には地理的のみならず人的要因もあった。測量隊を率いるリーダーの能力不足のせいで隊は統率を欠き、内部対立が絶えず、それぞれが勝手な行動を取り、そのためにさまざまなトラブルが発生した。作業を進めるのに不可欠な地元民の協力が得られないことも、測量に必要な道具が盗まれることもあった。殺人事件も起こった――隊員が地元の人間を殺した事件もあれば、隊員が殺される事件もあった。

彼らの働きを歴史の教科書に書くとすれば、「測量隊は緯度1度の長さを測って地球がニュートンの仮説どおり回転楕円体であることを証明した」と1行で終わるだろう。けれども、そこには隊員1人1人について波乱万丈のドラマがあった。それだけではない。古今東西、大規模事業について名前が残るのは企画者やリーダー格の人物だけで、実際の作業に携わった無名の人々は無視されがちである(「江戸城を建てたのは誰?」――答えは「徳川家康」でなく、「太田道灌」でもなく、「大工さん」、というなぞなぞを思い出してほしい)。この測量プロジェクトにおいても、功労者とされているのは隊の主だった5人だけだが、重い荷物を運んで山を登ったり、険しい崖の縁でラバを引いたり、地図もない道を案内したりした、何十あるいは何百人もの召使い、奴隷、地元民の働きがあったからこそ目的が果たされたのは言うまでもない。たいていの記録で彼らの存在は除外されているが、本書の著者はそうした名もなき人々に言及することも忘れていない。そこにこそ、300年前の出来事をあえて今取り上げた意義があるのかもしれない。

隊員や協力者が測量に携わった動機は千差万別である――純粋な学問的興味、好奇心、名誉や名声、報酬。奴隷たちにとっては、自ら選んだわけではない強制労働だった。本書を通じて、大きな事業は多種多様な無数の人々の努力と犠牲によって成し遂げられることを、改めて思い知らされる。

[書き手]上京恵(翻訳家)
緯度を測った男たち:18世紀、世界初の国際科学遠征隊の記録 / ニコラス・クレーン
緯度を測った男たち:18世紀、世界初の国際科学遠征隊の記録
  • 著者:ニコラス・クレーン
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(272ページ)
  • 発売日:2022-05-25
  • ISBN-10:4562071818
  • ISBN-13:978-4562071814
内容紹介:
地球の本当の形を明らかにする「緯度1度」の長さを求め、フランス科学アカデミーが派遣した世界初の国際科学科学遠征隊の記録

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