宇宙の始まりから身近な疑問まで、化学でわかる
いまから140億年前に宇宙が始まった。宇宙の始まる前(仮に「前」が“あった”とすればの話だが)がどうだったのかは、誰にもわからない。宇宙はあらゆる方向に広がりはじめ、それ以来、ずっと広がりつづけていることだけはたしかだ。ビッグバンが起こり、それから数ナノ秒が経った宇宙には、素粒子しか存在しなかった。太陽とは比べものにならないほどの高温のなかで素粒子が泡のように生じ、それはまるで光を放つスープのようだった。ところが、あらゆるものが広がっていくうちに温度が下がり、素粒子は安定して、やがて元素が生まれた。
化学とは、世界の「調理法」のようなもの
元素とは、自然が宇宙での「調理」に使う素材だ。ビーツの根も自転車も、すべてのものが最も純粋な物質である元素でできている。元素とその用途を研究する学問を化学という。だが残念なことに、化学という言葉には何かしら不吉な意味が込められることがある。健康関係のウェブサイトで人気の執筆者が「食品中の化学物質」について不満をこぼし、「食品から化学物質をなくす」ために何ができるかについて書いた記事を読んだことがある。こういった根も葉もない情報を広める人たちにとって、化学物質というのは、白衣を着た変人がつくりだした毒のようなものなのだろう。しかし、この見方はあまりにも視野が狭い。化学物質とは、試験管の中でぶくぶくと泡立つ液体だけをさすのではない。試験管そのものも化学物質なのだ。身につけている服、呼吸している空気、あなたがいま読んでいるこの本、どれも化学物質でできている。化学物質の入っている食品は食べたくないと主張する人がいたとしても、気の毒だが手遅れだ。食品というのは、まぎれもない“化学物質”なのだから。
水素と酸素という、誰もが知っている元素をそれぞれ2個と1個、混ぜたとしよう。そうすると、H2O という化学式で表せる物質ができる。世界で最もよく知られている化学物質、すなわち水だ。これに別の元素、たとえば炭素を少し加えてみると、C2H4O2 になる――つまり、キッチンにある酢だ。各元素の数を3倍にすると C6H12O6。これは砂糖である。
「化学物質」と縁のない人なんていない
調理学では野菜の具体的な調理法を教えるのに対して、化学では野菜そのものに深く切りこみ、何でできているかを探っていく。含まれている元素がわかれば、すべて化学物質で表せる。たとえば、次の長い化学式を見てみよう。H375,000,000O132,000,000C85,700,000N6,430,000Ca1,500,000P1,020,000S206,000Na183,000K177,000Cl127,000Mg40,000Si38,600Fe2,680Zn2,110Cu76I14Mn13F13Cr7Se4Mo3Co1
これを見て、大量の有毒廃棄物の化学式かと思った人もいるかもしれないが、じつはこれは人間の体の化学組成である。実際にはそれぞれの数字を700兆倍する必要があるものの、ひとりの人間の体をつくっている元素の正確な組成比を化学式で書くとこうなる。
化学物質に不信感を抱いていると公言している人がいたら、遠慮なく安心させてあげてほしい。あなたも化学物質でできていますよ、と。
化学というのは、散らかった実験室で見られる難しい課題だけではなく、身の回りや体の中でふつうに見られることにも関わっている。
そんなわけで、化学を理解するには、まずは「元素周期表」について知る必要がある。理科室の壁に貼ってあった、もしかしたらあまり愉快ではない思い出もあるかもしれないあの表だ。マス目に文字と数字がすき間なく並んだ周期表がにらみつけてきたら、おびえてしまうのも無理はない。だが、周期表は元素の一覧表であり、それ以上のものではない。いったん読み解き方を習得すれば、森羅万象を説明する最高の仲間になってくれる。
そう、たしかに周期表は相当に風変わりな表であり、かなりややこしくもあるが、そもそも自然というものが風変わりでややこしい。だからこそ、周期表は学ぶに値する。だからこそ、美しい。
[書き手]ティム・ジェイムズ
高校で科学の教師として働くかたわら、ユーチューバー、ブロガー、インスタグラマーとしても活躍。ナイジェリア生まれ。宣教師のもとで育ち、15歳で科学の魅力に気づいて以来、科学に恋をしつづけている。