人気時代小説家・伊東潤さんがTwitter(現X)で「小説の市場が縮小する一方だから、これからの小説家志望者は別口の収入源を確保しておいたほうがいい」といった内容のツイートを連投してバズりましたが、まさにそのとおり。経済的にも世界情勢的にも逼迫している今、その危機的状況を伝えたり批判したりするリアルサイズの言説が注目を浴び、そういう類いの本ばかりが売れていて、小説の売れ行きは全般的には落ちています。いわんや書評においてをや。小説のパイが縮小していく一方なら、その小説を紹介するパイも当然小さくなるわけで、20年前と今の状況を比べると戦々恐々とするばかりです。
わたしには「小説は大八車で運ばれる理論」(笑)があります。載せられている荷物が作品で、両輪がそれぞれ作者と批評家、前で引っぱっているのが担当編集者と版元、後ろで押しているのが書評家─という考えです。輪が大きければ一押しで稼げる距離は大きいのですが、作者と批評家の輪の大きさに差があると前進はできず、その場をくるくる回るだけになってしまいます。だから、小説家だけでなく批評家もちゃんと育てないとダメ。批評は小説の良き伴走者であり、厳しい審美眼を持った批判者であり、深くてフェアな読解ができる審判員でなくてはならず、理想的な批評を得てこそ小説はより遠く未来まで運ばれるというのが、わたしの見立てなんです。
では、書評家の役目はというと、素晴らしい作品を載せているにもかかわらず、坂道をはじめとする困難な状況に陥っている大八車の前進をブックレビューという形で後押しすることにあります。少なくとも、わたしはその自覚のもと小説作品を紹介してきたつもりです。
「今」を伝え、そこにおける問題を提示するリアルサイズの言説と比べ、小説の言葉は遅い。即効性はありません。だから、現実に汲々としている人たちは小説ではなく、今現在における問題を直接扱う類いの本を手に取るのでしょう。でもね、後になればわかります、小説の言葉の強靱さが。読んだ人の心になにがしかの種を蒔き、ゆっくりとだけど根を張り、その人を変容させる。多くの小説は、そんな強い力を宿しているんです。
「QJ Web」での連載を呼びかけ、担当として伴走しリード文をつけてくださったフリー編集者のアライユキコさん。わたしの初めての書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)に続き、この本にも素晴らしい装幀を施してくださったミルキィ・イソベさん。Twitterでの「QJ Webの連載、本にしてくれるところないかなあ」という呟きに応えて、こうして単行本に仕上げてくださった教育評論社の小山香里さん。そして、この本を読んでくださった皆さん。ありがとうございました。トヨザキは、これからも強靱な言葉を持った小説たちを未来に手渡すための大八車を、後ろから力一杯押す仕事をしていく所存です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2023年9月吉日
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