書評

『快楽の仏蘭西探偵小説』(インスクリプト)

  • 2024/02/14
快楽の仏蘭西探偵小説 / 野崎 六助
快楽の仏蘭西探偵小説
  • 著者:野崎 六助
  • 出版社:インスクリプト
  • 装丁:単行本(668ページ)
  • 発売日:2022-11-27
  • ISBN-10:4900997994
  • ISBN-13:978-4900997998
内容紹介:
バルザックからダンテック、ミュッソ、ルメートルへ、そしてあるいはロブ=グリエ、ビュトール、デュラスへ──。文学と探偵小説、並行しつつも分岐した歴史の深層を跨いで、フランス探偵小説の… もっと読む
バルザックからダンテック、ミュッソ、ルメートルへ、そしてあるいはロブ=グリエ、ビュトール、デュラスへ──。文学と探偵小説、並行しつつも分岐した歴史の深層を跨いで、フランス探偵小説の固有性と未知の快楽を発見する。バルザックにあった[始原の探偵小説]に探偵vs密偵の対決の構図を見出して、社会の暗黒をも照らすその独自の原型を捉え、現在に到る系譜を追跡。また作品構造と叙述コードの分析を踏まえ、謎解きに終わらないフランス探偵小説の独自性、英米探偵小説との差異を抽出。通時性と原理論を併せもち、初めてフランス探偵小説の特質とその真の姿を捉えた書き下ろし1800枚! 言及される作家約500人、作品約750作。全編書下し3500枚・1232頁の『北米探偵小説論21』から二年、その別巻を構成する。フランス探偵小説ベスト33、フランス探偵映画ベスト33付

「始まりはバルザック」から新たな展望

本書『快楽の仏蘭西探偵小説』は、帯に「『北米探偵小説論21』別巻」とあるとおり、著者の探偵小説論としては前著に相当する、二〇二〇年に出た『北米探偵小説論21』から派生している。前著が日本を含む世界篇であったのに対して、今回はフランス篇という個別を扱うが、この著者の本ではいつものことながら、小ぢんまりとしたものにはならない。この別巻だけでも原稿用紙で一八〇〇枚という、大著と呼べるだけの分量がある。それは、『北米探偵小説論』とその増補決定版、さらには『日本探偵小説論』と続く、いずれも重量級を誇る著者の探偵小説論をこれまで読んできた読者には、さほどの驚きではないかもしれない。

『北米探偵小説論』はアメリカ探偵小説史であると同時に、それが必然的にアメリカ史およびアメリカ文学史にもならざるをえないという性格を持っていたが、『快楽の仏蘭西探偵小説』でもそうした性格はアメリカをフランスに置き換えて引き継がれている。ただし、前者では社会思想史の側面が強調されていたのに対して、後者ではむしろ探偵小説の観点からプロパーな探偵小説に属さない作品を逆照射するという方向性が強い。これは、著者のアメリカとフランスに対する距離のとり方の違いに由来しているのだろう。前者が「無防備に……アメリカの影響をくらい、無防備に占領されてしまった少年」の精神史であったとすれば、後者はそうした個人的な切迫感から解放されていて、ずっと作品論の方向に寄っている。

本書の記述について、著者は「通時的・横断的・点描的な処理」になったと言い、「孤立した『点』はいくつもあるが、それを結ぶ『線』を描きいれるには到らなかった」と述懐している。それはやむをえなかった。なにしろ、ここに書き込まれた「点」はあまりにも膨大なのだから。たとえば、とんでもない数の著作を残したジョルジュ・シムノンをすべて読み、その全体像を概観しながら個々の作品について論じるだけでも大変な作業だが、それを著者はやってのける。しかも、その「点描」が独特の太い点でできているのだ。

『北米探偵小説論』以来の読者にはすでに自明のことだが、著者の凄さは、気が遠くなるような数の作品群をすべて自分の目で読んで確かめているところにある。「形式への懐疑、破壊意志などといった契機を、たとえ一欠片にしろ含まない探偵小説は、凡庸になるしかない」という著者の言葉は、過去の通説をなぞるだけの探偵小説論は凡庸になるしかないという決意として読み替えることも可能だ。従って、この探偵小説論は教科書的なフランス探偵小説史とは対極にある。

その意味で、本書のいちばんの読みどころは、著者が「始原の探偵小説」と名付ける、フランス小説における探偵小説的傾向の原初的な表れとして、バルザックを指し示した章だろう。そして、『北米探偵小説論』では海外探偵小説のベストテンに選ばれていた、ロブ=グリエのアンチ・ロマン『消しゴム』を論じるにあたって、バルザックの『暗黒事件』の影をそこに読み取るくだりは、本書の白眉と言っていい。それは、始原に遡りながら、新しい展望を見据えた、この著者にしかできない創造的な探偵小説批評なのだ。
快楽の仏蘭西探偵小説 / 野崎 六助
快楽の仏蘭西探偵小説
  • 著者:野崎 六助
  • 出版社:インスクリプト
  • 装丁:単行本(668ページ)
  • 発売日:2022-11-27
  • ISBN-10:4900997994
  • ISBN-13:978-4900997998
内容紹介:
バルザックからダンテック、ミュッソ、ルメートルへ、そしてあるいはロブ=グリエ、ビュトール、デュラスへ──。文学と探偵小説、並行しつつも分岐した歴史の深層を跨いで、フランス探偵小説の… もっと読む
バルザックからダンテック、ミュッソ、ルメートルへ、そしてあるいはロブ=グリエ、ビュトール、デュラスへ──。文学と探偵小説、並行しつつも分岐した歴史の深層を跨いで、フランス探偵小説の固有性と未知の快楽を発見する。バルザックにあった[始原の探偵小説]に探偵vs密偵の対決の構図を見出して、社会の暗黒をも照らすその独自の原型を捉え、現在に到る系譜を追跡。また作品構造と叙述コードの分析を踏まえ、謎解きに終わらないフランス探偵小説の独自性、英米探偵小説との差異を抽出。通時性と原理論を併せもち、初めてフランス探偵小説の特質とその真の姿を捉えた書き下ろし1800枚! 言及される作家約500人、作品約750作。全編書下し3500枚・1232頁の『北米探偵小説論21』から二年、その別巻を構成する。フランス探偵小説ベスト33、フランス探偵映画ベスト33付

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年4月1日

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